経産省認定・近代化産業遺産の堰。
利水と排水を担っていたが、隠居として保存公園の中で第二の人生を送っている。よって池はダミーの公園池。
石と煉瓦で造られた堤体と、スライドゲートタイプの樋門のベベルギヤに萌え萌え。
「水郷地帯に住む私たちの祖先は、木曽川の洪水を防ぎ農耕のための用水を引入れ、排水を輪中の外へ流すことに苦心努力した「水との戦いの生活」が宿命であった。」
こう始まる史跡碑文は、樋門が造られる背景と、その後の思ってもみない試練の歴史について刻まれている。
いくつかの言葉をピックアップしてみよう。
排水に苦慮
取入杁(いり)を取りこわした
用水取入れにも利用
時代の推移
鍋田川の水位が高くなって
排水は不能
用水は感潮の遡流により困難
遊休樋門と化した
弥富町が権利を承継
郷土水利史の輝かしい遺跡
利水と排水の両方を担った多目的ダムのような役割だった人造堰が、排水も利水もできなくなって引退したのだが、その原因が鍋田川の水位の上昇とのこと。水位上昇の原因は人間の活動によるものなのだろうか。