水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

犀ヶ池(新潟県上越)

さいがいけ。

三度目、7年かかってやっと会えた犀ヶ池。池岸で釣査しているのは、今回ガイドをしてくれた地元出身の伊藤氏

底の方でピカッと光っている水面が犀ヶ池(2021年9月)

上越市HPで紹介されているものの秘湖の趣き

上越市のオフィシャルサイトに「神秘の池」として紹介されている山池。
流入する川も流出する川もないのに年間を通じて水位が一定だという。
塩の道という牧峠越えの舗装道を上っていき、分岐する遊歩道を1kmほど歩いた先にあるというが、これがなかなか一筋縄ではいかず・・。深いブナの原生林に秘匿されたような立地、池の水源や成因など謎も多く「秘湖」の部類に入れていいかと。実感としては、北海道の三大秘湖よりもよっぽど秘湖らしい。
しかし上越市サイトの写真(下)を見ると、昔は案内板も立っていて子どもの姿も。大昔は遠足で行ったとか釣り大会も行われていたという現地の話もあり、そんなところで一瞬、油断させられるあたりも真の秘湖ゆえの隠れ蓑なのか。

関田山脈牧峠の標高660mに位置した天然の池「犀ヶ池(さいがいけ)」。水の出入り口が見当たらないにもかかわらず、水位は常に一定で透明度のある水と花崗岩が池の周囲に折り重なって形成されている池で神秘性を漂わせています。
牧区から長野県飯山市へ通じる市道牧・飯山線からブナ林の中を通り、この犀ヶ池までの片道1kmの遊歩道が整備されています。

所在地:上越市牧区宇津俣
管理者:上越市
距離・交通:JR高田駅から40km 車で60分、その後犀ヶ池まで徒歩30分 / 北陸自動車道上越インターチェンジから40km 車で60分、その後犀ヶ池まで徒歩30分
(上越市ホームページ)


(上越市ホームページに掲載されていた地図 /2015年)




 

上越市内には同名の別の池も

犀ヶ池がある上越市内には、平野部にブラックバス釣りで知られる同名の池もある。また、やはり市内に長峰城の城池でもあったロストレイクの犀ヶ池も。全国的にみてけっしてよく見る池名ではない、というよりむしろレアネームなのに、上越市内に三つもあるとは何か理由がありそう。
市内には信越本線の「犀潟」という駅もある。うーん。

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犀ヶ池への道のり

地元での聞き込み(2015年)

牧峠を越える塩の道は全線舗装。冬期閉鎖があり道幅は広くはないが走りにくくはない。
里にちょっと変わった案内板があったが、犀ヶ池のことは記載されていなかった。
関田山脈の稜線上は「上信越トレイルコース」として歩けるようになっており、その拠点として上越市ホームページに案内されていた深山荘に行き、犀ヶ池のことを訊ねてみるも、その存在は知っていても正確な行き方を言える人がいなかった。
受付の女性が小学生のとき遠足で犀ヶ池に行ったと、懐かしそうに思い出を話してくれた。


 

空撮で姿を(2021年)

2021年の再訪では、アプローチ路らしき道が簡単に見つかった。なぜこれまで気づかなかったのだろう。駐車スペースもあるし、遊歩道というより林道スペックでクルマが入っていった痕跡も。
ただ、犀ヶ池を案内する看板や道標はない。
最大の成果としては空撮で犀ヶ池の姿と周辺地形を捉えることができた。


 

強力な助っ人を得て(2022年6月)

犀ヶ池の麓、牧区で生まれ育ち、池でイワナを釣ったこともあるという強力な助っ人が同行してくれることになった。現在は仕事で離れたところに暮らす伊藤智也さん。長野県のシンガハタの池で長年、隕石湖ロマンを追求しているテイルケープさんも馳せ参じ、2022年6月、妻も含めた総勢4名で魅惑の秘湖へのアタック開始。
しかし早々に障壁が。

池へのハイキング路入口

なんと6月中旬にさしかかろうという時期なのに雪で峠前後が通行止め。でもじつは伊藤さんが事前に徒歩でなら犀ヶ池まで行けそうだということを地区の役場に確認してくれていた。
池へのハイキング路入口は想定していた林道入口より先で、深山清水のちょっと先にあった。標識、案内板などはなく、駐車スペースが目印になろうか。
うーん、でも伊藤さんのガイドがなければ、この入口はちょっと気づかん!

「あと800m」の標柱

一応、遊歩道っぽい感じではあるが、そのうち「あと800m」の標柱。なるほど今、犀ヶ池の正規ルートを歩いていることを実感。

ミズバショウ群落の沼地(湿地)

ブナの原生林が深く地形が読めない。

沢を渡る

湯の川の枝分かれした沢のひとつ。

再び標柱。しかし・・

池への正規ルートで間違いない。しかし、伊藤さんが標柱に刻まれた深い傷を指差して、
「昔は毛もついてたんですよ」
く、くま! 標柱の何が気に食わなかったのか。しかし硬質な擬木がこんなふうになってしまうとは。この爪でやられたらと思うと、もうビビり。

200m標柱と湯の川

ちょっと開けた水路との合流部に出たら、あと200mの標柱が。
水路伝いにも管理道がある。ハイキング路より歩きやすそう。帰りはこのルートも試してみよう。

湯の川を渡渉

湯の川を渡ってから先、ここから突然、道なき道に。伊藤さんも、この最後の200mが意外に油断できないと奮闘。


ついに犀ヶ池に到達

やっと着いた。でも、高い場所から見おろす感じで、眺望はこれだけ。

釣査開始

高見の見物台でひと息ついていると、釣り道具を持った伊藤さんが岸へと下って行った。ここからはルートがなく、すぐに藪に彼の姿が呑み込まれてしまい、やがてガサガサという藪漕ぎの音も聞こえなくなった。
「大丈夫ですかー」
とテイルケープさんも心配そう。やがて下の岸に伊藤さんの姿が現れた。そして生息魚類の釣査開始。一方、テイルケープさんは伊藤さんとは反対側の藪へと突入。下に降りられそうか確認していた。

ビューポイントは左岸の高台一ヶ所だけ

首を振ってテイルケープさんが戻ってきた。
立っている高台から池は垂直に近い急傾斜の崖で、とても降りていけそうにない。
今度は私が伊藤さんが通ったルートを試そうとしたが、あまりの藪で前を見失ない、おまけに岩と岩との深い間隙が口を開けて待ち構えている。泣く泣くあきらめたが、出てきた場所は入った場所と微妙に違っていた。たった数メートル進んだだけなのに・・。遭難はいとも簡単なのだ。
よもやここまで来て岸に降りられないとは思ってもみなかった。
高見の見物ではないけど、望遠レンズでここから池の見えるところは撮影し、あとは伊藤さんにできるところまで行ってもらうことにした。
気になったのは、対岸に見える祠(ほこら)。
祠の右下の岩などは石切りの痕跡のようなものも。どこか人の手で積まれたような岸にも見えてきた。ただ望遠レンズでは、祠が古い水神などではなく、比較的新しいものらしきことまでしか分からない。
あとは伊藤さん頼み。


池の内奥に迫った伊藤氏からの報告

・祠には何も入っていなかった。
・祠の横には人名が刻まれていた。
・右岸側は岩伝いに池尻まで進むことができた。
・池尻に堤や取水設備などの人工らしきものは見あたらなかった。
・池尻の奥は湿原状で、さらに奥は藪になっていた。
・左岸側は木のオーバーハングがきつく進めなかった。また、岸の形状、形態も木々でよく見えない。
・池頭に立つと岩の間から冷たい風が吹き出ていた。(近くに風穴もある)

軽快な身ごなしで岩岸を進む伊藤さん。沢登りは慣れているというが、ラッシュガードを着用。こちらは対岸から望遠レンズで見守ることしかできない。

右岸から池尻方向を見る。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


吐き出し先から池側をのぞむ。伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


池尻から。よく見ると写真の右上方の茂みの中に人の頭が見えるが、これは左岸側のお立ち台に立つテイルケープさん。左岸の高さの目安になってくれている。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


池尻。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


池尻。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


左岸側。洞穴のような穴も見えるが進むのは厳しそう。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可


祠。近くで見ると、後ろの岩に貼り付くように据えられている。扉のない切妻屋根。御神体は何らかの理由で持ち出されたのだろうか。撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可

 

犀ヶ池の成因の謎

じつは人工だったんじゃないか説

撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可

岸を取り巻く庭園池のような岩積み

右岸の岩組みがきれいで不自然というか、人の手で押し上げたような・・。地すべりでこんなに整然と並ぶのか、ちょっと違和感が。
天然の池に人が手を加えた可能性はないのだろうかと思う一方、利水のため取水している沢筋や水路とは隔絶した位置に池があり、取水設備も見あたらないことから、わざわざ重機も使えない中で大きな岩を動かして池を造る目的が見あたらない。


岩岸に据えられた石祠にヒントが?

ヒントとなりそうな池畔の祠。少々、無理に解読したところもあるが、少なくとも古くからの水神様や弁天様ではないこと、人の手で改修などを行なった記念碑でもないことが分かった。
東京の寄贈者の名が大きく彫られているので顕彰碑に近い性格の祠か。
して、石の祠という器はあれど、肝心の御神体はいずこに?

神体寄付
 東京
  佐藤酒治郎
明治十一年
  七月建造

※「付」「酒」「明治(昭和かもしれない)」「十一」は不明瞭で強引に読んでおり間違いの可能性も

撮影:伊藤智也氏(2022年6月)転載不可

風穴と養蚕

祠の解読文字を見たテイルケープ氏がおもしろい見解を寄せてくれた。
近代日本を支えた重要な輸出産業である養蚕。産業とはいえ生き物相手。年に1回だった出荷時期を年4回、5回とずらすために気温の低い「風穴」に蚕の卵を保管して孵化を遅らせる方法が全国に広がり、生糸の大量生産につながったという。
先に述べたように、犀ヶ池の500mほど上には八方風穴があり、犀ヶ池自体にも風穴構造が見られる。岩が折り重なった池底は見えている以上に深く、奥底に氷をしたためているかもしれない。
養蚕種を保存する風穴は最盛期には全国で300に及んだというが、明治中期から昭和初期までの話なので、祠に刻まれた東京の佐藤氏が養蚕業に利用した可能性はないだろうか。


地すべりの複合によって生まれた説

地層のミルフィーユ構造に火成岩が貫入。複雑な地すべりがくり返され、花崗岩が敷き詰められたような窪地が形成された。(図版作成:テイルケープ氏)


地すべりによる断層湖説



カルストのドリーネ池のように陥没説

新潟には全国的にもめずらしい砂岩の鍾乳洞もある。また、犀ヶ池の近くには、風穴もある。
犀ヶ池の池畔に下っていく時、岩と岩の間に落ちたらヤバそうな穴があったとか、池畔に立つと岩の間から涼しい風が吹き出していたとの伊藤さんの報告もあった。
カルストではないものの、犀ヶ池も四国の小松ヶ池のようにドリーネのような空隙の陥没によって生まれた可能性はないだろうか。


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妄想爆発? 氷食湖説

全国で似ている湖岸形態を持った池はなかったかと思い出していたら、北海道の豊似湖や、長野の木曽駒ヶ岳の濃ヶ池などが思い浮かんだ。これらはいずれもモレーン湖(氷河湖・氷食湖)といって氷河の力で岩が押し寄せられてできたタイプの池。
氷河はともかく豪雪地帯だけに、巨大雪渓が小規模な擬似モレーン湖を生み出した可能性は?
整然と積み上がった岩滓の一応の説明にはなりそう。

氷河湖の図解。拙著『日本全国 池さんぽ』(三才ブックス)より


北海道の豊似湖。モレーンの岩屑が積もった吐き出し側

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犀ヶ池を取り巻く地形

関田山脈の牧峠から新潟側の山腹七合目あたりに犀ヶ池がある。海底堆積に火成岩が陥入し、多発する地すべりによって形成された地質。
下の画像は犀ヶ池と牧峠を東側から見た空撮写真に現地渉猟で得た地形情報を描き加えた。

関田山脈と牧峠の地形

信濃川に沿ってバナナのように反り、標高千メートルの稜線は長々と新潟と長野の県境をなし、「信越トレイル」というロングトレイルにも。川のある長野側は比較的なだらかだが、新潟側は切り立っていて地すべり多発。
関田山脈の稜線から腕を伸ばしたような支脈尾根に沿って牧峠越えの「塩の道」が刻印されている。
犀ヶ池があるのは写真中央のもっこりとした流れ山の右肩の部分。


まったく想定外な立地

当初は沢(湯の川)が池のすぐ近くを流れていることから谷部にあるものと予想していたが、現地にたどり着いてみて驚いた。
短かい距離とはいえ沢から登坂した台地に池はあった。両側を谷にはさまれた山肩に池がのっかっているかっこう。沢は池の水源とは関係なし。しかも、ちょっと濁りが入っている。
なんなんだ、この池は!


池の上は谷、でも池から下は尾根

一般的には山池の下側は流れ出す水流によって削られて谷になるはず。二股になって両サイドに向かって流れ出しているわけでもなさそうだった。←次回、現地チェックポイント
これ、モレーン湖とみれば氷河(巨大雪渓)の末端が犀ヶ池の位置と合致しない?

北側から

牧峠からのびる支脈尾根と塩の道を正面に見据えたアングル。写真下に池が見える。

北西側から

稜線を正面に見据えるアングル。写真の下中央に池が見える。



直上から

花崗岩が折り重なった岸が見てとれる。


2022年9月の追加空撮

流れ出しのような筋が池下に確認できる。また、池底は全体的に浅く、倒木がまるまる横たわっている様子も見てとれた。




 

動植物

池にはかつてはイワナが生息していて、何度か実際に釣りあげて持ち帰ったこともあると伊藤さんのお話。
釣り好きの氏は中学生のころから釣りに来ていて、この池は心のふるさとのようだった。


 

人工の用水路

素掘りの水路が犀ヶ池から湯の川をはさんで200mの地点を通っていた。しかし、犀ヶ池との直接の通水関係はない。

「あと200m」標柱近くの水路の状態

上流側の取水口

湯の川を石で堰き止めて水路に導水している。
湯の川に沿うかたちで緩傾斜で数百メートルほど。取水口では樹脂パイプも見られたが、水は干上がった状態で現在は使われている感じではなかった。
水はやや濁っており、湯の川というぐらいだから温泉成分が含まれているのでは、と、さっそく川の水を口に含んで確認するテイルケープ氏。(下写真) 


途中、カエルをまる呑みしている途中のヤマカガシに会った。ヒキガエルのようだが後肢が突っ張りすぎて変な角度で硬直している。これがヤマカガシの口の奥にあるという神経毒のなせる技か

下流側の取水口

下流側にももうひとつ取水口を確認。こちらはしっかり水を取り込んでいた。
下の写真左下から水路が写真右端へと下っているが、その真ん中を断ち切るように沢が流れている。

丸い池

水路を下っていくと丸いヌタ場状の池があった。
池にかぶさる枝にはモリアオガエルの卵。水面になんか不気味なものが浮いていたが、植物の根のようだった。

左が水路、右が池

丸池下の滝

丸い池の先で水路は小さな滝となっていた。そこから先はコンクリートで整備された水路になり、クルマも通れる管理道も通じている。


水路をたどれば

この水路が下の棚田を潤すものなのか、いつごろ造られたもので管理は誰がやっているのかなどを確認していけば、謎に満ちた犀ヶ池の過去にも近づけるかもしれない。
なぜ東京の人が池に出資をしたのか、何をしようとしたのか、池に水神伝説があるのか、そして御神体はどこに移されたのか。




 

周辺スポット

八風の風穴

犀ヶ池の500m西に石の間から涼風が吹き出す風穴がある。
犀ヶ池の南岸側の岩の隙間からも涼風が出ていたと伊藤氏の報告もあった。



深山清水

犀ヶ池への正規ルート入口近くにある。駐車スペースあり。

食事・入浴

鯉料理のある牧湯の里 深山荘。地域では特に鯉を食べる文化があるというわけでもなさそうだけど、犀ヶ池には最高の拠点。いちばん最初に聞き込みをしたのもここだった。



 

マップ

関田山脈の池さんぽマップ

関田山脈の山池めぐりマップ(ver.1.6)2022年6月更新(水辺遍路謹製)


Googleマップ

マークした場所は、犀ヶ池への正規アプローチルートの入口。駐車スペースあり。