水辺遍路

実踏・日本の湖沼 8,150湖

前山の丁場湖(茨城県笠間)

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20階のタワマンがすっぽり水面下に入る池?

「石切山脈の前山」と呼ばれる池がある。池なのに山?
石切場として掘り込まれた穴に水がたまった、ただそれだけの池だが、その深さがすごい。地下65mというから、もし満水になれば20階建てのタワーマンション(60m)が、水面下にすっぽりと立ったまま入ってしまう。水面からはマンションの屋上が水中庭園のようにうっすら。水面から突き出る避雷針・・そんな妄想が止まらない。
といっても縁ぎりぎりまで満水になることはないので、実際の水深は35m程度。
それでも湖周長500mクラスの池で水深35mというのは、池常識ではあり得ないドン深ぶり。採石跡湖の静謐な水面下はまさに奈落といえよう。
池として見たとき、みかげ石でできた底と岸の遮水性はピカイチであろうが、天水(雨水)だけでこれだけ深く満たせたものか。じつは、この池の水源は地下水ということである。
屏風のように切り立った岸は、幾千もの縦縞と雛壇のような横縞が交錯し、そのまま外国の神殿か古い遺跡を想起させる。切削面にしぶとく生え育った木が紅葉し、掘り進められてからの長い時間を感じさせる。

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発想の転換が生み出した絶景? 「丁場湖」という石切余生。

一帯の山は通称「稲田石切山脈」と呼ばれ、石材産地として全国一の規模と知名度をもつ。ここで切り出される「稲田みかげ石」は日本橋や国会議事堂にも使われている。
地図を見ると周辺にたくさんの池があるように見えるが、山を切り崩し、地中深くまで石を掘り尽くして放棄された穴に水がたまったものがほとんど。
こういったタイプの池は全国各地の採石場で見られ、「採石跡湖」とも呼ばれる。ただ、採石会社の敷地内にあるのがほとんどで、垂直の屏風岸は落ちれば這い上がることは不可能、おそろしく深く危険なことから、ほぼ例外なく一般の無断立ち入りはできない。長年、存在は気になりつつも、なかなか池めぐりのターゲットになりえなかった。
それが近年、映像作品のロケ地や、ちょっとした観光スポットとして活用しようという動きのおかげで、禁断の池に会えるチャンスも出てきたのはありがたいことである。
私が初めて訪れた採石跡湖は、2019年の元日に当ブログで紹介した馬越丁場湖(岡山県笠岡)なので、しごく最近のことである。「丁場(ちょうば)」とは石切場の古い呼び方で、採石跡湖も悪くはないが少々、口あたりがよくない。その点、丁場湖はジャンル名として美しい。
そんな丁場湖一般公開におけるエポックメーカーが、ここ前山なのだ。

bunbun.hatenablog.com


 

「丁場湖」の醍醐味は、絶景にあらず?

池名らしきものはまだないようで、今のところは「石切山脈の前山」となっている。「前池」でなく「前山」なのは、採掘事業者の視点では対象はあくまで「ヤマ」であって、そこに水がたまろうが何だろうがやはり「ヤマ」なのである。これを「地図にない湖」(今では地図にも載っているが)という視点に転じる発想の転換が思いも寄らない観光スポットを生むことになった。
この池も採石会社の敷地内にあり、会社の好意によって一般見学ができるようになっている。観光バスがやって来るようになって、事業所の人たちも見慣れたヤマにそんな未知の価値があったのかと驚きつつも、日々、訪れる観光客のために稲田石のオブジェのある展望スペースや駐車スペースを用意したりと、今のところは楽しそうである。
ただ、「ラピュタに似ている絶景」と話題になり、年間2万人が訪れるようになった。絶景ブームの一環に取り込まれていることが池好きにとっては、やや心配である。沸騰的な人気はマナー問題も発生し、会社にとっても負担が増すだろう。
採石跡湖はけっして自然がうみだした絶景ではない。人の手で切り崩され、放棄された産業の爪痕にほかならない。それを醜悪と感じる人もいる。
無理に絶景を見出そうとせず、そこに漂う虚無的な時間に静かに身をゆだねると、丁場湖の別の顔が見えてくるかもしれない。
潜水調査が実現するような日が来れば、65mもの湖底に棲息する生き物の姿に胸躍るだろう。


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採石場を経営する会社の正門からクルマでそのまま入れる。社屋に見学者向けの貼り紙がある。それに従って左奥の駐車スペースにクルマを停めて、受付に


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駐車スペースと案内板。手前の小さな建物が受付。パンフレットや案内板、稲田石の展示もある


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前山の丁場湖の展望広場。稲田石のオブジェが迎えてくれる
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マークした場所が前山を管理する会社の入口