水辺遍路

実踏・日本の湖沼 8,150湖

鼻毛の池( 新潟県上越)

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峠の上の山池なのに、あいにく写真では峠感がうまく出なかった。遮ぎるもののない茜の空を映し出した湖面をフォトバッシュで描いて天空感を表現してみた


 

鼻毛温泉の上にある鼻毛峠の鼻毛の池

名前のインパクトがありすぎて、池名だけで撃ち抜かれた。
地図で見ると立地も素晴らしい。稜線上に位置する峠池。
峠の名前も鼻毛峠。その名も鼻毛温泉からぐんぐん上がった先の峠だ。
池畔にあった鼻毛キャンプ場は残念ながら廃止されたらしく草ぼうぼうの広場があっただけ。
アクセス路は1.5車線の舗装路。
峠の上には池しかなく、長い道のりではすれ違う車両もないぐらい交通量も少ない。
池の横に駐車スペースがある。

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池畔にはカキツバタが咲いていた

 

鼻毛の池ヌシ伝説の謎

上越市のオフィシャルサイトには、この池に関する以下の伝説が掲載されている。

美しい景観を誇る鼻毛の池には、次のような伝説が残されています。
菖蒲の村から峠を越えたところにある野々海池には、山の守り神である蛇が住んでいて、日照りや大雨を鎮めてくれると言われていました。
この蛇の美しい娘を見初めた蒲生の池の主が、お嫁にほしいと、鼻毛の池の主に仲人を頼んで、娘をもらいに行きました。
けれど、汚い水の流れ込む蒲生の池には嫁にやれないと断られたため、腹を立てた二人は、美しい娘の姿になって村人から刀を借り、野々海池の主を倒してしまいました。
(上越市オフィシャルサイトより抜粋。太字は筆者施す)

bunbun.hatenablog.com


 

なぜ美女の姿で刀を借りるのか?

ここに出てくる野々海池は県境をなす開田山脈の稜線上にある池で、微妙に長野県側に位置している。(鼻毛の池と蒲生の池は新潟県側)
池のヌシの争いのような話にはなっているが、その裏にある史実を妄想すれば、おそらくは上流の池の恩恵を受ける集落に対し、下流の池の受益集落が中流の池の受益集落と結託して水利権を争ったともとれる。
一つの水系に複数の池を造った場合、上流側が水を多く使えば、下流側にまわってくる量が少なくなり、この構造は全国であまたの水争いの原因となってきた。
池ヌシの争いに「村人から刀を借り」たという要素は、じつは長野県側に伝わる別バージョンの野々海池ヌシ殺害伝説とも一致する。
しかし私の知る限り、池ヌシと池ヌシの争いに人間の刀を借りるという話は聞いたことがない。
新潟バージョンでは、二人の池ヌシは美しい娘の姿になって村人に刀を借りに行くとあるが、長野バージョンでは野々海池のヌシがやはり女性の姿となって人間に刀を借りにいく。しかも借りるときに言ったのが、「本来なら新潟側の池ヌシなど他愛もない相手だが、人間から刀を借りたらしくて、さすがに私も微妙にピンチなんで、こちらにも名刀を貸してほしい」ということを訴える。
そもそも農民がヌシが借りたくなるような名刀を持っているところから戦国時代以前の話だろう。
しかし美しい女の姿をして刀を借りにいくという共通点、何なんだろう。大切な刀を、若い女ならほいほいと貸すのだろうか。不思議である。
伝説の裏コード妄想。若い女は貴人の隠喩とすれば、農民が武士を雇って血みどろの水利権争いをした?

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水利権争い説にも、大きな問題が

現在の地図を見ると野々海池は長野県側へと流れ出し千曲川に流れ込んでいる。
野々海池の池畔に立つと、ほとんど開田山脈の稜線上ではあるものの、新潟県側に向かって小高い分水嶺が横たわっている。
地図上では、長野県側の保倉川が野々海池の近くにまで肉薄しているが、ギリギリ微妙なところでつながっていないようである。
つまり野々海池は長野県側に流れ出しているのであって、新潟側と水利権をめぐっての争いがあったのかとなると、ちょっと苦しい。

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しかし伝説には驚愕のつづきが

長野県側の伝説、つまり野々海池視点の伝説では、ヌシが殺害されたあと、大蛇の巨大な死体が千曲川を塞いだことになっている。これは水系から見れば納得である。
そこで再び新潟県側の上越市のオフィシャルサイトからの引用。
野々海池ヌシ殺害後のつづき。

野々海池の主の血は保倉川に流れ、川辺の竹はみるみる血に染まりました。
以来、この地に生える竹には、蛇のような模様が見られるようになったということです。
(上越市オフィシャルサイトより抜粋。太字は筆者施す)


オーマイガー!
「保倉川に流れ・・」と、なっているではないか。


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現段階での最終推論

野々海池はじつは鎌倉時代に自然災害で決壊し、その後は長らく消失湖(ロストレイク)だった事実がある。
となれば、この災害前、もともとは保倉川が野々海池の流出河川だった可能性はないだろうか。
伝説が伝えているのは、そんな千年近くも昔の水利権をめぐる争いだったとすれば、なんとなく辻褄が合うような。

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そもそも本当の下手人は?

長野側、新潟側の池伝説から妄想をくり広げてきたが、そもそもな謎が残る。
鼻毛の池はあくまで仲介役として、野々海池のヌシ殺しに加わったにすぎない。
この神殺しの首謀者は、どの池なのか?
長野側の伝説では「越後の鴨ヶ池」。
新潟側の伝説では「蒲生の池」。
少なくともこのエリアで、鴻や蜘蛛や蛇の名が付く池はあっても鴨ヶ池という池は見たことがない。

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「鼻毛」の名で思いあたる

鼻毛という名の由来を調べていると、あまりに坂のきつい峠だったので、隊列を組んだ馬が渋滞、前の馬の後ろ脚が後ろの馬の鼻づらを蹴らんばかり、と、そんなことであった。
しかしそれなら鼻蹴の池でよかったのに、なぜよりによって鼻毛の字になってしまうのか。
これは笑いで何か不都合な真実を隠そうとしているのではと、また妄想を膨らませていたとき、はてと気が付いた。
ああ、それだ。
「鴨」の名を隠すために「蒲生」の字をあてたのでは?
地図で調べると、鼻毛の池から7kmほど下ったところに果たして「蒲生」の地名があった。
歴史から消えた、池伝説のもうひとりのヌシはもう近い?

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駐車スペースとアプローチ路

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駐車スペース


 

Google マップ

マークした場所は駐車スペース。