
消失と断念と再生。公園池の到達点
古河公方公園には御所沼、目洗弁天池をはじめ複数の池がある。
中心的な御所沼は、室町時代、池畔に古河公方が屋敷を構えた天然湖沼が起源。ジュンサイを産し東京に出荷された時期もあったが、戦後、一度は干拓によって水田になり消滅したロストレイクとなった。
公園化する際にかつての御所沼の一部を復元したという意味では「公園池」に属するが、一筋縄で池ができたわけではなかった。
沼の周回遊歩道を歩けば、石垣の岸辺、ビーチ状の岸辺、天然沼沢を思わせるワイルドで変化に飛んだ自然護岸が目を楽しませてくれる。
岬に抱かれたワンドにはヨシが生え、花芥がたゆたう。
植生も素晴らしく、古河在来の野草積極的に植えているそうである。
一人の男の言葉が動かした、御所沼復活劇
昭和20年代に埋め立てられた御所沼だが、公園計画が持ち上がると沼の復活も検討された。しかし周辺環境の都市化によって下水が混入する問題があり、一度は頓挫。
しかし景観工学の中村良夫東工大教授の「沼とそれを取り囲む地相こそが歴史の証人です。御所沼はやはり復元しましょう。それは、故郷の魂です」という発言が周囲を動かし、修景池タイプの安易な沼復活ではなく、本格的な復元池が検討されることになった。
以下、公園オフィシャルサイトより。
御所沼とは、鎌倉公方足利成氏が1455年に鎌倉から古河に移り初代古河公方となり、現在の古河公方館跡に鴻巣御所を構えた。以後、古河公方とその子孫たちが、175年間鴻巣御所を使用した。その鴻巣御所の周囲に広がる沼を何時の頃からか御所沼と呼ぶようになりました。その様な背景を持つ御所沼の復元には、都市下水路が幾筋も流れこむ地形上の特質から沼の水質保持という課題もあり、一時は沼をつくることを断念して予定地を渡良瀬遊水地の残土で埋めてしまったのです。そんな紆余曲折を経て、当初の基本構想とのズレを修正するために、平成元年に「基本計画見直し委員会」が開催され、その委員会で「歴史の山河こそが文化遺産なのです。御所沼はやはり復元しましょう。それはふるさとの魂です。」との景観工学者の中村良夫東工大教授の発言により、古河の原点とも言える古河公方の歴史的空間を蘇らせるべく御所沼復元が決定されたのです。そして、平成7年に都市下水路を迂回させ、蘇る湧水と雨水により満々と水を湛えた御所沼が復元されたのです。従って御所沼を含む歴史的地相空間は古河公方公園の核心部であり、ふるさと古河の魂として復元されたのです。
御所沼の景観と構成要素
池尻とオリフィス



島

水の湧出口か

野趣と庭園性の共存

2025年



2012年の御所沼
2012年春の調査時は著しく減水していたが、バサー、ヘラ師ともに入っていた。
U字形の大きな池で、岸辺は美しい芝生や木々で造園されている。それもそのはずで、ここは公家文化の地。
アートのような建物や橋、カフェやイベント広場もある。駐車場は無料だが、梅祭りの期間は1日500円となる。駐車場から釣り場まで距離がある。








古河公方公園の池群
目洗弁天池



仙人池

動植物
特定外来生物「クビアカツヤカミキリ』


施設・設備
売店

渦巻ポンプの展示




瓦オブジェ?

孔雀のケージ

駐車場


マップ
現地案内マップ


ニッポン湖沼図鑑マップ

