水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

夜叉ヶ池(福井県南越前)

【やしゃがいけ / 美越の池】
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固有種のゲンゴロウと伝説の龍が棲む天上の池。

福井と岐阜の県境を構成する標高1,099mの峰上にある天然湖
山頂のかたわら、急峻な夜叉壁の上に嵌め込まれた瞳のような奇跡的な立地に心打たれる。日本の山池100選を選ぶなら、まずはずせない池だ。
固有種のヤシャゲンゴロウと、伝説の龍が棲む。この龍神は雨乞いの神とされ、その昔、干ばつに苦しむ村を救うため龍神に嫁いだ娘の話が残る。
文豪・泉鏡花がこの伝承をモチーフに、そのものずばり短編『夜叉ヶ池』を執筆。素朴な伝承をベースに海外文学の要素も取り入れ、みごとな愛憎劇へと昇華させている。池名がタイトルとなった美文の名作として、湖沼好きならぜひ読んでおきたい大正浪漫ホラー。
雨が降れば伝説の夜叉姫に会えるかも。

 

夜叉姫と龍神の伝説

平安時代、桓武天皇の治世。雨乞いの思いから口走ってしまった約束。雨を降らせた竜に次女・夜叉姫を差し出す運命に。
この悲話ののち、姫の名をとって夜叉ヶ池と呼ばれるように。もともとは美濃国(岐阜県)と越前国(福井県)の境界をなす稜線上にあったことから両国の名をとって「美越の池」という名だった。

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夜叉ヶ池の女龍と、千蛇ヶ池の男龍の遠距離恋愛

明治時代の文豪・泉鏡花が『夜叉ヶ池』という作品に。題材は夜叉ヶ池に封印された女龍と白山にある千蛇ヶ池に棲む男龍との恋が、村人たちを通しての人間の業の深さ。
映画「夜叉ヶ池」は坂東玉三郎主演。



泉鏡花は「夜叉ヶ池」の他にも池を舞台にした怪異譚を残している。
奈良県の猿沢池のほとりにたつ旅籠(はたご)で、主人公が欄干ごしに垣間見たものは、十五人分はあろうかという陰膳をしつらえた座敷にひとりすわる妙齢の婦人だった。
その異様な光景と響き合うように、次々と不可解な出来事が夢のように現実を侵食していく短編「紫障子」。
それにしても、この妖艶なる美文!

唯見ると、風が誘つたやうに女の腕の其の白百合が、微かに搖れると、白羽二重の袖裏が縺れて、緋の板〆縮緬(いたしめちりめん)の肌着がちらちらと夢を囁やく、夢も嘸(さ)ぞ燃立つばかり紅(くれない)であらう。と思ふ、藤紫の半襟も、微に汗ばむらしい。萌黄の地に、百合を白く、淡いと濃いと、葉を藍緑の友染の長襦袢の肩を、一輪白く覗かせたのが、胸も露白(あらわ)、と見えつゝ、其のまゝ靜かに蝶の翼の寢息を續ける。


 

夜叉ヶ池との馴れ初め

この池の存在を知ったのは四半世紀も前になる。オートバイでツーリング中に魅力的な名前の池の看板を見て強く印象に残った。当時は今のように道路が整備されておらず、ガードレールのない厳しい山岳路で、立ち寄ろうなどという気にはならなかった。
2015年は岐阜県側と福井県側の両方の登山口を調査するところまでで終わり、2017年の通行解除のわずか1ヶ月をついて、すべり込みセーフで池へと至る登山口に立つことができた。
現在は道の駅もできていて、夜叉ヶ池登山の情報を得ることができる。

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夜叉ヶ池の名を冠した道の駅

国道303号線沿いに、道の駅 夜叉ヶ池の里さかうちがあり、登山情報など得ることができる。

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山芋焼酎「夜叉ヶ池」

池の名が付いた酒とあれば・・。
山芋で作った焼酎というのもめずらしい。瓶やパッケージも素敵。

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池の平トンネル

道の駅の近くのトンネルで、全国的に注目している地名である「池の平」がトンネル名に冠せられていた。
ただ、地形的に「池の平」といえそうな場所はまだどこか分からず、探しているところ。夜叉ヶ池とも直接の関係はなさそう。知っている方がいたらご教示ください。

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夜叉ヶ池へのアプローチ

岐阜側の登山口

池へのアクセスは完全なる登山となる。片道1時間40分といえば軽登山に入るが、せっかく登山口まで時間をかけてやってきたのに、いざ山道を進んでいくうちに軽装すぎて引き返す人を何人か見た。
冬は雪に閉ざされるため、毎年6〜7月が山開きとなる。
岐阜県側と福井県側の両方に登山口があり、そこに至るルートは両県側ともに狭隘な一本道で距離も長く、少々しんどいドライブとなる。(※岐阜県側は2017年7月24日から災害復旧工事のため通行止)
登山行程は3.7kmで登高400mほど。冬季閉鎖あり。
情報は道の駅で。

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道の駅に掲示された情報



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岐阜県側の登山口駐車場の案内板


福井県側の登山口

福井県側のアクセスルートは広野ダムが起点となる。一部、未舗装箇所もあるが、岐阜県側よりは狭路のつづく距離は短かい一方、登山口には岐阜県側のようなしっかりした駐車場ではなく、駐車できるスペースがあるという感じだった。下の写真は福井県側からの登山口。
鳥居をくぐり、異界との境界のような沢を橋で渡る。

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広野ダムに、夜叉ヶ池の案内標識があった(2021年)
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実踏レポート(2017年・岐阜県側)

アプローチ路入口

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登山口駐車場

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登山口トイレと水場

少し下ったところにトイレと水汲み場もある。道の奥に小さく見える青いドラム缶が水汲み場。

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登山口

岐阜県側の登山口、駐車場からいきなり異界への窓のように口を開けている。

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瀬越え

いくつもの瀬を越える。橋があるものもあれば、ないものもある。
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はるか前方にそびえるのが

急登のあと、しばらくゆるやかな道がつづくが、遠目に厳しい崖の峰が見える。まさかあれを登ることはなかろうと無意識でその可能性を無視しようとしていたのだが・・。

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幽玄の滝

幽玄の滝下を横切る。夜叉ヶ姫いわくの滝であるが、長らく所在不明だったところ、遊歩道を整備しているときに、とつぜん現れたという。ミステリー。

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岩肌を縫うような昇竜の滝

さっきは遠くに見えただけの絶壁は、眼前にそびえている。
この期に及んで、まだこの夜叉壁と呼ばれる絶壁を登り越えた先に池があるとは、まったく認識していない。自分に都合のいい判断を根拠なく信じつづける認知バイアスという言葉は聞き及んでいたが、まさにこのときがそうだった。

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絶妙なタイミングで「夜叉ヶ池500m」の案内板

ほら、やっぱりすぐそこだったんだと安心して進んで行くと、そこから鎖、ロープの連続。そそり立つ壁を前に、
「ほんとに登るんですか、これ」
「確かに、ひとつの可能性として否定はしきれませんね」
「今、上の方に、ちらっと人影が見えたけど」
「まあ、山に登りたい人もいるしね。でも、あくまで僕らは池に行くわけだから」
「もういい加減、認めちゃった方が楽なんじゃないでしょうか」

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こんなすごい場所に池が

こうして最後の夜叉壁をのぼりつめた先に、ご褒美のように夜叉ヶ池のグリーンの瞳が開けたのだった。
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夜叉ヶ池関連イベント

夜叉ヶ池伝説道中まつり

7月に遊らんど坂内スキー場駐車場で。全長21mの龍の獅子舞を若者たちが担ぐ。

夜叉ケ池伝説マラニック

夜叉姫が生まれ育った岐阜県神戸町と夜叉ヶ池までの登山区間を含む135kmを、伝説に従って2日間で往復。

8月と10月にも

夜叉龍神社などで地元の大祭も。


 

Google マップ

マークした場所は岐阜県側の登山口駐車場。


 

夜叉ヶ池の資料・写真アーカイブス

2015年の岐阜県側のアクセスルート入口と山開きに関する看板。

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