水辺遍路

実際に行った池やダム 9,350ヶ所を掲載

埴生大池(富山県小矢部)

【はにゅうおおいけ。埴生大堤、埴生の大池、おまん池】
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龍の避難所だった霊池は、小豆娘の人柱伝説も。

現地の記念碑によれば、この池の歴史として8世紀にはすでに聖なる霊池として、通りがかる人の信仰を集めていたというから、じつに古い池である。もとは天然湖沼だったのだろうか。地形を見れば、まさに池にとって絶好の場所である。
築堤や改修を経て、江戸時代の文献には「埴生大堤」の所在が記され、現在は立派なハイダムスペックの勇壮な溜め池として現役で活躍している。
訪れた際は、堰体法面のはるか下方に小さく底樋門の赤いスピンドルハンドルが顔を出すほどに減水していた。おかげで底の形状、地形がよく見渡せた。惚れ惚れするほど、池に適した地形。喫水ラインから下はところどころ黒い立ち枯れの木が見えるものの、鍋底のようにつるんとしていて、池としての長い時間を感じさせる。それでもインレット側には立ち枯れの木々が黒々と突っ立って、異形の姿を見せている。
枝葉や下草の緑の鮮やかさに比べて、木々の幹のなんと黒いこと。満水になれば足を水面下にひたすものもあるのだろう。
わずかな水面に群れなす魚影があったので、完全水抜きではなさそうだ。

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堰体右岸側には工事吐、左岸側には斜樋がある。
堰体下の谷を少し下ったところに、かつては濁り池という龍が棲む池もあったと言い伝えられている。池の水が少なくなると龍が埴生大池の方に一時避難したため、池の水が大きく濁ったとか。そんなことなら最初から埴生大池の方に本宅を構えればいいように思うが、人間には分からない棲みにくい事情もあったのか。
さて龍の伝説とは別に、埴生大池には、おまんさんという女性の人柱伝説もある。改修記念碑から堰体の上を少し歩くと、ガラス張りの小さな廟が立っている。手書きの説明板は朽ちて字が読みにくい。津幡町観光ガイドのオフィシャルサイトに、この案内板の記述に近い文章が載っていたので、以下に転記する。
堰体天端は「ふるさと歩道」として歴史ハイキングコースに組み込まれているが、車も通行できるほか、堰体の巨大な記念碑前に3台ほどの駐車場もある。
大池の先、ふるさと歩道を上っていくと火牛の計で有名な古戦場、倶利伽羅峠(くりからとうげ)。峠にある不動寺のあたりは池の水源でもあり、おまん地蔵が祀られている。

津幡町倶利伽羅地区の北横根区に、町おこしに一役買っている津幡町特産「おまん小豆の里」のモニュメントが建っています。おまん小豆は1粒の大きさが4ミリ程度と小粒で、表面は黒く中身が乳白色で、古代小豆といわれています。秋には1つの房に4、5粒が結実し、種子を飛散する力が強いのが特徴です。おまん小豆が自生する同区など小矢部市との県境の山間部では、小豆の名の由来となったおまん伝説が残っています。
 藩政期に西砺波郡埴生村のため池「埴生の大池」の堤防が崩れて、付近の田んぼが水没し、家まで流される大災害が相次ぎました。当時、埴生村大字綾子村の村役だった八十嶋家のお手伝いとして働いていたおまんという娘が、この決壊を食い止めようと、堤防工事で人柱(ひとばしら=工事の無事を祈るため、建造物の基礎に生贄として埋められる人)となりました。以来、決壊はなくなり、無事に米が収穫できるようになりました。おまんが生前に腰にぶら下げていた籠から小豆が落ちて大池の縁に自生したいわれ、農民たちはこの小豆に娘の姿を重ね合わせ、感謝を込めて「おまん小豆」と呼ぶようになったといわれています。倶利迦羅不動寺境内には、おまんを偲(しの)ぶ地蔵が安置されています。
 おまん小豆には活性酸素を除去し、老化を防ぐ効果があるポリフェノールを通常の小豆より豊富に含むことが分かっています。
津幡町観光ガイドより)


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底樋門(上)、斜樋(左下)、洪水吐(右下)
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堰体へのアプローチ路は「ふるさと歩道」にも組み込まれているが、昭和二六年の堰体改修時に整備された旨が木柱に記されていた


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巨大な記念石碑と駐車場
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小矢部の野池群は倶利伽羅峠の歴史と合わせて楽しみたい


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味のある古戦場絵図の中には、「大池」「天池」「蟹池」の三つの池が記載されている


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案内板


マークした場所は、埴生大池の駐車場。