水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

ダムの絵解きガイド

引っ張りラジアルゲートについて(水辺遍路2019)


名倉ダム(岐阜県)は「ダム」という名ではあるものの、日本では「ダム」の条件を満たしていない。「自称ダム」とでもいうべきでしょうか。


 

ダムという名でも、ダムとは限らない?

ダムとため池との違いは堤高。日本では15m以上の堰体をもつものを一般的にダムと呼びます。ただ、これは河川法という法律上の区分で、「ダム」という名で呼ばれているものでも、砂防ダムや発電専用ダムなど15m条件を満たしていないものも多くあります。
上の絵の名倉ダムのような場合、構造物自体の高さは15m以上ありそうですが、堰体自体は低そうですね。ダムファンがダムの根拠として信頼する『ダム便覧』では名倉ダムはダムとしては認定されていません。

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ダムの放水口、「ゲート」を図解

ダムに実装されるおもなゲート

ダムは基本的に川を堰き止めて水を貯めるもの。ふだんは貯めた水を必要に応じて使えるよう堰体の下の方にある穴から水を出します。水道でいう蛇口のような感じ? コンジットゲートといい、導水管とバルブか鋼製ゲートで構成されることが多い。

一方、大雨などで水が必要以上にたまりすぎてしまうこともあります。このとき適宜、水を抜くためにコンジットゲートのちょっと上の方に穴が開けられていますが、これをオリフィスゲートといいます。
これはちょくちょく使われるので、オリフィスゲートから水が放水されている様子を見たことがあるのではないでしょうか。
一方、記録的な豪雨や台風直撃などで洪水の怖れが生じたときに、ダムの威力が発揮されます。山々から濁流となって流れ込んでくる水をぎりぎりまで貯めることで、下流の町に流れる水の量を抑え洪水を防ぎます。しかしダムの堰体を乗り越えてしまうほど水が増えてしまうこともあり、これを越流といいます。越流はダム自体を危機にさらすばかりか、流量の調整もままなりません。越流を防ぐため、堰体の頂上近くまで水が迫ったときに水を逃がすのがクレストゲート洪水吐、余水吐ともいいます。
自然越流型で穴が開いているだけのものと、流量を調節する鋼鉄製のゲートを備えたタイプとがあります。正確にはゲートを備えたものをクレストゲート、そうでないものは洪水吐と呼んだ方がいいのかもしれませんが、一般には同義的に使われているようです。
クレストゲートは非常用という役割のため、高水圧でもしっかり動作できるよう工夫がされています。ギロチンのような構造をしたローラーゲート(上図の緑色のゲート)と、扇形のラジアルゲート(上図のピンク色)が代表的です。


↓実際にラジアルゲートとローラーゲートが並んだダム
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スライドタイプの3種のゲート。右が数を減らしているストーニーゲート(水辺遍路2020)

レアなゲート

ゲートにだってレアものはあります。
ゴム製で空気を入れてふくらますことで水を堰くゴム堰(ラバー堰)も変わり者のゲートといえるでしょう。
ほか、ギヤを使って回転させて開閉するローリングゲートも戦前に導入されたレアゲートといえます。
現在ではもっとも一般的なローラーゲートの亜種として、扉体ではなく戸溝側にびっしりローラーを並べたゲートをストーニーゲートとも呼ぶようです。
ローリングゲートもストーニーゲートも構造が複雑でメンテナンス性がよくないので、改修の際にローリングゲートは斜め引き上げローラーゲートに、ストーニーゲートはローラーゲートに置き替えられることも多く、今後も数は減っていきそうです。


  

 

ダムのアクセントカラー。関電ブラック、中電レッド。

ちょっと注意してダムを見てみると、コンクリートの落ち着いた地色に、鋼製ゲートに塗装された赤や緑といったカラーが全体のアクセントになっているものが少なからずあることに気づくでしょう。
関西電力管理ダムに共通する黒く塗装されたクレストゲートはダム愛好家のあいだで「関電ブラック」、中部電力管理ダムの赤いゲートは「中電レッド」と呼ばれるとか。
個人的にはピンクと水色の合わせ技が好きです。


マニアックなフラップタイプのゲート

飛行機のフラップのようにパタパタ上下する動きのゲートは、アイデア賞もののベアトラップゲートなど奥深し。


 

ダム見どころココをチェック

天端と書いて、てんば、と読む

天端は「てんたん」ではなく「てんば」と読みます。
ダムの頂上部の法面のことを指しますが、通常は管理上の必要から人が通れるようになっています。大きな重力式コンクリートダムであれば、クルマが通れるような天端もあり、管理者だけでなく一般に開放されているケースもよく見られます。中には生活道としてダムの天端が地域住民の大切な橋のかわりになっている下の絵のような場所も。


 

魚道もおもしろい

ダムは河川を堰き止め、流水面に大きな高低差をもたらすため、在来魚や底棲生物の往来を妨げる可能性があります。
これらの生物がダム湖の上まで遡上できるよう階段状の水路を設けることも多いのですが、ひとくちに魚道といってもさまざまな型式があり、なかなか奥が深いものがあります。
エレベーターのように水ごと魚をダム湖まで送り込むエアーリフト魚道や、浮力で魚道の階段の角度が自動で変わるパワーシュートゲート魚道など、レアな魚道もあります。魚道マニアもいて本も出ているのには驚きました。

左は沖縄の羽地ダムに設けられたエアーリフト魚道の図。右は離島・対馬の目保呂ダムに設けられたパワーシュートゲート魚道


 

放水路もおもしろい

クレストゲートやオリフィスゲートから流れ出す水は増水時のものということもあって、すさまじい運動エネルギーをもっています。このエネルギーにダム天端からの高低差が加わるため、滝打ちなんてものでは済みません。堰体や堰体下流の河床を痛めることもあるため、エネルギーを抑制するための「減勢工」という仕掛けが施されています。
ダム堰体直下に減勢池という池を設けるのが多いようですが、いわば人工の滝壺ですね。跳水式自由落下式がこれにあたります。
ちょっと変わったものとしては、下の絵の一ッ瀬ダム(宮崎県)や上椎葉ダム(宮崎県)のようにスキージャンプ台のような放水路を左右に設け、跳ね上がった水柱を空中でぶつけて勢いを相殺させるスキージャンプ式というタイプもあります。



 

自然の蓄電池。揚水式発電は、まさに叡智!

上池と下池をつくって、二つの池の間の高低差を利用した水力発電ですが、ふつうの水力発電が上流から下流へ水が流れっぱなしなのに対して、揚水式発電は下に落とした水を下池が受け止めるところが違います。夜間は火力などの余剰電力を使ってポンプで下池の水を上池にもどし、翌日の発電に備えるのです。

ですが発電に使った水と同量の水を上池にもどすには、発電した電力より多くが必要になります。では意味がないじゃないかと思うかもしれませんが、火力などの発電方式の弱点を補い、どうしても発生してしまう昼間と夜間の電力需要の差分をうまく水力に転化する天然の充電池として活躍しています。


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ダム湖100選

構造物としての堰体を偏愛する傾向にあるダム愛好家にはあまり重視されていないようですが、ダムがうみだす貯水池の方にスポットをあてた百選がダム湖100選です。
今後も新しいダムができることを想定してか、百選といいつつ認定されているのは65湖です。水辺遍路ではこのうち52湖を実踏掲載しています。

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ダム堰体を目的外に利用したケース

日本では堰体に期間限定でアートを施すのがせいぜいのようですが、海外はすごい。スイスの誇る200m級のアーチダムであるルッツォーネダム(Luzzone)では、有料ながらロッククライミングができるというから驚き。



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変ダム

変ダムもたくさんあります。ここでは一部を紹介。

名前入りのダム

堰体に名前の入ったダムもあるんです。


ダムのデータ

ダム湖の広さ(湛水面積)トップ3
1、雨竜第一ダム(朱鞠内湖)
2、夕張シューパロダム
3、徳山ダム

  • 堰体体積日本一のアースダム→鈴養湖(三重県)
  • 四国最大のアーチダム→小見野々ダム(徳島県)
  • 堰体高日本一のダム→黒部ダム
  • 東富士ダム(静岡県)は、アスファルトフェイシングフィルダムでは日本一。


 

【おまけ】北海道アースダム群の攻略ガイド

往復ピストンのダートアクセス路が多く時間がかかる

往復ピストンのロングダート、おまけに行くとこまで行ってから顕現する立ち入り禁止措置も多く、苦行のようである。
運が悪ければ半日かけて行ったものの、池はおろか堰体のチラ見さえ叶わぬようなことも・・。
そんなハードで苦行のような北海道アースダムめぐりも、見方を変えれば、池ごはんや、コロナ時代に誰にも会わない池めぐりができる好適地かも。

北海道のアースダム湖ではヒグマに注意

苦労するわりに得るものが少なく徒労にさえ見えるだけあって、わざわざやって来るもの好きも少ない。
人はいないが、ヒグマと虫に注意。