【よごこ / よごのうみ / 伊香小江(いかごのおえ)/ 鏡湖】
成因と別名
琵琶湖の北側にある周囲長6kmクラスの閉鎖型の天然湖沼。成因タイプは琵琶湖と同じく構造湖の一派である断層湖で、そもそもは琵琶湖の一部が分離したものとされるが、現在の湖面標高は琵琶湖より50mほど高いので、数百万年から数万年におよぶ壮大な大地の変動のダイナミズムの渦中にある湖沼といえる。
それだけに「伊香小江(いかごのおえ)」「鏡湖」といった古名もゆかしい。
人工の導水路&放水路で「余呉湖ダム」に変身!
もともとは閉鎖湖
もともとは天然の閉鎖湖だった余呉湖。最大水深は13mほどで湖底には埋没林も。
昔は高田川が唯一の流出河川だったというが(用水として人工開削との話も)、現在は高田川ゲートによって流路が変えられており、高田川を流れる水は余呉導水路から分水したもの。湖水の唯一の出口はトンネル放水路となっている。下の案内板では「ダム」としての設備も紹介されている。
多目的ダムとしてダムカードも!
農業用水を貯水して二本の放水トンネルで遠くの水田まで送水。水が足りない時は、なんと琵琶湖と接続した導水トンネルでポンプアップ補充! すごい。
大雨で余呉川が増水したときには分流堰と導水路を通じて大量の水を受け入れて洪水抑止。2017年の台風5号では余呉川の水位を56cmも下げる効力を発揮。
余呉川管理事務所が運用管理。同事務所でダムカードも配布。
余呉導水路と堂木分流堰
余呉川から堂木分流堰を経て人工の導水路へ。
およそ2kmの開放水路で高田川と分流する高田川ゲートを経て余呉湖北東岸に流入。(上は2012年撮影。下は2022年撮影)
高田川ゲート(導水路下流)と網場(あば)
ローラーゲートと操作室を実装。水門管理は滋賀県。


導水路出口(北岸)
鉄道の余呉駅や農地もあるフラットな湖畔が広がり、観光館、ビジターセンター、釣り桟橋も。
放水路トンネル呑口(東岸)
余呉湖の流出路は現在、人工放水路トンネル(川並放水路トンネル)の一ヶ所のみ。およそ1kmにわたって山をかいくぐり、坂口放水路口において余呉川へ合流。
直下には頭首工(農業用水の取水堰)があり、用水路トンネルを経て高時川に通じ、湖北の広大な農地を潤している。
川並放水路ゲートは二段ローラーゲート+下部フラップゲートの1門。ゲート操作によるミリ単位の水位の管理と洪水調節を滋賀県が担当している。(余呉湖は一級河川に区分される)




落差50m。琵琶湖からの補給トンネル水路(南岸)
「飯之浦補給送水路トンネル」の放水口
農業用水を補給するため、50m低い琵琶湖から賤ヶ岳の下をくぐるトンネル水路で余呉湖へ水をポンプアップ! 所管は農水省。
道路と放水トンネルの交差ポイントは橋になっている。



漁業施設?
管理者は余呉湖漁業協同組合。水路のようなものは何でしょう?


切通しと七本槍古戦場


琵琶湖と余呉湖(空撮)
壁になっている山が賤ヶ岳。その奥に琵琶湖が見える。
深層曝気装置
水質浄化アイテムとしてダム湖では比較的定番。
13m下の湖底に酸素を送り込む装置。余呉湖は最大水深が13mなので設置場所が最深部といえる。
池伝説
羽衣伝説
余呉湖ビジターセンター側の湖畔に羽衣の天女像と記念碑がある。


賤ヶ岳の戦い
織田信長の後継を決し歴史の大きな舵となった合戦の主戦場となったのがここ余呉湖。周辺には首洗いの池や槍洗いの池もある。
蛇の目玉石
雨乞い神事もからむ。


施設・設備
余呉湖ビジターセンター・釣り桟橋
駐車場150台。釣り桟橋およびトイレあり。



余呉湖観光館とワカサギ釣り場
駐車場および売店あり。遊漁料必要。
桟橋もある。





余呉湖アジサイ園とヘラブナ釣り場
釣り桟橋などはなく固定釣り台を持参する必要がある。
キャンプ、バーベキュー、リール・ルアー釣り禁止。





尾の呂が浜
テントを張っている人の姿も。


余呉湖の風物
冬の結氷とウユニ塩湖
「死ぬまでに見たい絶景」「天空の水鏡」としてあまりに有名なボリビアのウユニ塩湖に例えられ、「日本のウユニ塩湖」とも言われたことのある静謐の銀世界。
余呉湖マラソン
秋に開催。
レンタサイクル
余呉湖観光案内所で。
登山
江土登山口に駐車場あり。
余呉湖さくらまつり
4月中旬の週末を含む四日間。余呉湖観光館で。
マップ
余呉湖の池さんぽマップ
琵琶湖との50mの高低差と導水路・放水トンネルの位置関係が分かるように描いた。(ver.1.0)
Googleマップ
マークした場所は余呉湖ビジターセンター。