【横池、横ノ雄池】
あろうことか、名水の源・六甲山の誇る第一級の山池を目前に、その姿に接することなく下山するという大失態を演じてしまった。
六甲山南麓にある日本屈指の高級住宅地・芦屋。目を見はる豪邸が立ち並ぶ住宅地はけっこうな傾斜地にある。
山の方へと上っていくと、やがて沢伝いの山道に。そのどん詰まりには涼しげな水音が響く高座の滝。この滝は登山口になっており、ベースキャンプのように靴洗い場や六甲カフェ、売店が集まっていて楽しい。
ここから芦屋ロックガーデンと呼ばれる岩登りエリアを抜けた先の風吹岩は眺望のよい休憩スポット。
風吹岩から先、横ノ池までの区間は傾斜も緩やかで歩きやすい区間。ここで黒猫に出会った。こんな山の中で不吉な、と思ったが、この黒猫、何か言いたそうな感じ。
ちょっと気になったけどそのまま進む。先のカーブを曲がったとき、前方30mにいる白く巨大な生き物に目を疑った。遭遇、という意味では生まれて初めての野性イノシシ。
イノシシというと黒いイメージだったが、全体が白っぽい。オコトヌシサマを小さくしたみたいなのが、道を堂々とこっちに向かって歩いてくる。
異様な迫力に全身硬直。ロボットみたいに後ずさりして黒猫のところまで戻ると、草陰から「ね!」みたいな目で見上げてきた。
そのうち藪か林の中にイノシシの姿は消えるだろうという予想に反して、どういうわけか自分らの獣道ではなく、人間の登山道をいつまでも我がもの顔で闊歩している。おかげで黒猫といっしょにじりじりと前線を下げざるを得ず、そのうち、イノシシの後ろにはハイカーの列がぞろぞろと連なっていった。
このイノシシ渋滞というかイノシシを先頭にした一行の斥候のようなポジションのまま、じりじりと後退を強いられていたが、
「道のわきで、じっとやりすごせば大丈夫ですよ」
と教えてもらい、言われたとおりにしてみたら、ちゃっかり黒猫も足もとにうずくまっている。
無事、イノシシをやりすごし、後ろについていた行列の一人に聞いたところ、この区間では有名なイノシシで、登山道を使って横池まで水を呑みにいくのだそうだ。この人はリュックめがけて襲われたという。それでも後ろからついていく、というのがすごいと思ったら、イノシシの方は完全な野性というより長年、餌付けされてすっかり人慣れしているらしいので、落ち着いて行動すれば危険というほどでもないとのこと。
また奇妙な体験をした。

