さがえご。
日本で唯一の特殊地形が生んだ「江湖(えご)」という水利文化
6時間ごとに数メートルも水位が変わる川
蓮池公園を東西から囲み、外堀のように配された池だが、「佐賀江湖跡」との立て看板があったので、その存在を知ることができた。
一見、公園となっている館跡の外堀に見える。かたわらを流れる佐賀江川と合わせて陣屋を取り囲むようなかっこう。
ただ、川と池との水面の高さはずいぶん違う。岸にはくっきりと満水位のあとが濡れて光っている。わずか6時間ほどで数メートルも水位が下がったり、上がったりする。ダムの緊急放流なみ。これが佐賀平野を流れる川の日常なのだ。
だから橋から川を見るたびに異様な光景に目を奪われた。小学生時代に二年間、佐賀平野に住んでいたのだが、おもな遊び場だったクリーク(水路)は水位の変化がほとんどないので、河川のこんな状況はまったく実感できていなかった。
大きな河川になると、水位の差は最大で6m。上げ潮は25kmも川を遡上するという。まるで静かな津波。これが一日二回。
水源のない川の水を溜めるには?
佐賀平野の川の多くは、山から海へと流れる一般的な川とは異なる。
縄文時代、一帯は有明海の干潟で、潮の干満による水流で深くえぐられた幾筋もの澪筋(みおすじ・水脈)が生まれた。やがて陸地化した際に、これらの澪筋が川のような形で残ったが、山で集められた水が蕩々と扇状地へと流れ出してくる通常の川とは違って、海と繋がっているだけなので、潮の上げ下げで海水が入ってきたり、引いたりするだけ。比重の軽い真水は上へと押し上げられるので、うまく人工水路で引き込めば、押し上げられた淡水を農業用水として利用できるのではないかと、昔の人は考えた。
海水に押し上げられた淡水をこの地方では「アオ」と呼ぶが、押し上げられたアオをうねうねと行き渡らせ、保水させる溜め池のような役割をもったのが江湖なのである。
江湖には、舟運の運河としての役割もあった。
クリークは溜め池、江湖は多目的ダム?
一方で、悪水の排水や洪水対策のため、逆に曲がった川を直線化させる工事も行われた。江湖と捷水路(しょうすいろ)という相反する人工水路を組み合わせ、複雑なバランスの上に運用を行っていた。
また、毛細血管のような無数のクリークは、平時にはアオの貯水機能を担い、洪水時には水を受け止める。まさに佐賀平野という特殊な水事情の中で、クリークは溜め池であり調整池の役割を務めていた。
そうすると、江湖の方は佐賀平野独自の多目的ダムといったところだろうか。
もっとも背振山地での大型ダムが稼働している現在は、アオを活用するためのシステムは必要性がなくなってきた。
ダムの恩恵は大きいが、一方でアオの減少と水質悪化を招いた主因もまた、ダムなのである。
マークした場所は駐車場