
夜叉ヶ池と地下でつながる伝説の「蛇池」のヒントが
農業用溜め池としては歴史が長く、1808年にもともとあった2つの池を合体させる灌漑工事から始まり、婦女子に至るまで村民総手で工事に携わった1830年の大工事を経て現在の姿に至る。
また、1400年前の大干ばつの折りには、庄屋の末娘を妻にするという約束で八大龍王の化身(夜叉ヶ池の雄龍)に願をかけ村が救われたという池伝説もある。
現地案内板には「弥平蛇池」という名が記されている。

オリジナルの弥平蛇池は別の場所に?
案内板だけを見ると恩沢池を構成した二つの池のうちどちらかが弥平蛇池だったと推察されるが、「福井県伝承浪漫」サイトの考察では、個人宅の庭にオリジナルの蛇池がある可能性が記されていた。
弥平蛇池と夜叉ヶ池
弥平蛇池と夜叉ヶ池は、地下でつながっているという伝説も。弥平蛇池の池伝説は夜叉ヶ池との関係性が強く興味深い。夜叉ヶ池の方には夜叉姫の池伝説があり、文豪・泉鏡花も題材として小説を残している。
また、龍が火災から弥平邸を守ろうと抱き抱えたまま焼け死んだ後に残された牙が、地元の寺に秘仏として安置されていたという話も。(この禅寺は廃寺となり、牙は越前市街地の龍泉寺へ移管)
堰体と洪水吐


インレット側に、奇妙な鳥居
鳥居は池が御神体のような立ち位置であるが、扁額が逆を向いている。
じつは池が外側で、龍神山を御神体とする向きに立っていたのだ。

釣り禁止


2013年の恩沢池
