水辺遍路

訪れた全国1万1,100の池やダムを独自の視点で紹介

対島の大池(静岡県伊東)

【たじまのおおいけ。大池】

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池がないのに、「池」?

 
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池がないのに、地名は「池」?

なんと地名は「池」。
地図を眺めていて、へええ? という感じで見つけた。
海岸段丘から遠笠山、天城山に向かって闊達な緩斜面を広げる伊豆高原の中にあって、池小学校に池会館と、あちこちに「池」の名。
しかし肝心の池といえば、小さな寺社池をのぞいてめぼしいものは見あたらない。
伊豆半島といえば、ただでさえ湖沼が少ない土地。そんな伊豆に、人知れぬ隠れた名池があるのだろうか?

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赤牛伝説と二つの大池


 

地図から消えた伊豆の巨大湖

池地区の山にはさまれた高台の盆地にはかつて、大室山噴火の溶岩流による堰き止めによって生まれた天然湖が広がっていたという。
その大きさは伊豆半島で最大の天然湖である一碧湖の、じつに二倍。
江戸時代から新田開発のため、この池の水を抜いて耕地化する試みが始まる。

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池地区。ここに大池が広がっていた


 

明治3年にトンネルで排水に成功

江戸から明治にかけて排水トンネルを掘ったが池の水はうまく抜けなかった。
明治3年に完成したトンネルでやっと水抜きに成功。
池の水を抜くための苦労の歴史は、トンネル入口近くに置かれた案内板と記念碑に記されており、これは池会館の裏手にある。
駐車場あり。

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大池の水を抜いた導水トンネルの入口


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案内板と駐車場


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水路トンネルの上流側。この先の盆地にかつて池が広がっていた
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裏山は大きく崩れ、復旧作業中だった


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山側から海側を見る。右手に排水トンネルが見える



 

ロストレイクの痕跡を求めて

水路(鳴沢川と対島川)

かつて池だった耕地には直線的に付け替えされた水路が通っている。
二筋に別れるが、まっすぐに盆地の扇頭にのびている水路は鳴沢川
水路は完全なコンクリート護岸。また、禁漁となっていた。
水路は池会館の近くで一本に集まり、排水トンネルで高台をくぐって伊豆高原に出ると対島川になる。

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水神

今は水田のかたわらにある水神様。ここはかつて大池のほとりだったことが案内板に記されている。
案内板設置者は、池郷土史研究会

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水神から見た大池跡を見る
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山神社

山神社は平成上皇も天皇時代に訪れており、記念駐車場と公衆トイレが整備。対島の大池跡を散策する拠点として、かっこうの場所である。

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山神社から見た大池跡
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尻無しの対島川と、対島の滝

池跡を流れる鳴沢川は1kmのトンネルを経て対島川(たじまがわ)に。
この川は流路が地下水脈となる尻なし川であるが、海岸の断崖では対島の滝となって流れ落ちていて、なんともすごい地形というほかない。

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大室山と大池と堰き止め部。大室山から放射状に溶岩流の盛り上がりが地形に現れている


 

どこか凄みを感じさせる大室山

対島の大池を生みだしたのは、この山の溶岩流。
この一見、あっけらかんとした表情の裏に、壮絶な噴火の過去を感じずにはいられない。

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大室山の溶岩流が流れ出た痕跡がみてとれる地形。手前に向かって流れ出し、沢を堰き止めたことで大池が生まれた


 

二つの池と、二つの赤牛伝説

時は、戦国時代

対島の大池には、一碧湖(吉田の大池)と同じく池ヌシの赤牛が登場する伝説が残っている。
対島(たじま)の赤牛」、あるいは「福泉寺の亜赤牛」といったタイトルバリエーションはあるが内容は同じ。
一方、吉田の大池の赤牛伝説はストーリーも登場人物も異なる。
二つの池は地理的にも4kmほどしか離れておらず、同一の赤牛が移動した結果なのか、あるいは血縁なのか、まったくの無関係なのか気になるところである。
伝説の登場人物の生年から、それぞれ池の赤牛が調伏されたおおよその年代は、

・吉田の大池(一碧湖)1661〜1673年ごろ。
・対島の大池 1520年説もあるが、主人公が戦国大名・斎藤龍興の三男というのが本当なら、どんなに早くとも1580年以降になるのでは?

いずれにしても、世紀をひとつまたぐぐらいの年代差がある。
対島の赤牛は調伏されるまで対島の大池に千年いたということであるが、その後、法力が解けて再び魔性となり、吉田の大池に引っ越す時間的な余裕はじゅうぶんある。
しかし逆のパターン、吉田の大池から対島の大池へ逃げたというのは、時間軸からすれば無理がある。

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対島の大池跡から見た大室山



破れ寺と、赤牛の位牌

伝説の舞台となった福泉寺はすでに廃寺となり山林に埋もれているが、池地区の町中に鎮座する龍渓院は、福泉寺の御本尊や建物の材を引き継いでおり、対島の赤牛伝説の正当な後継といえる。
そもそも開祖が、赤牛を調伏した人。
お堂の中には赤牛の位牌まである。

bunbun.hatenablog.com



 

『まんが日本昔ばなし』にも採話(動画)

アニメ『まんが日本むかし話』の「対島の赤牛」にて採話。
絵柄も台詞もあまりに芸術性が高く、十五回ほど繰り返し見てしまった。
この話、市原悦子のナレーションでこう結ばれる。
「そののち村人は福泉寺の森の奥にある対島の大池には、遠くから見守ることはあっても、けっして近づくことはなかったということです」


まんが日本昔ばなし 1300【対馬の赤牛】


 

福泉寺の位置が違う?

アニメの昔話は細部もよくできていて、背景美術も地形に対してわりと正確で驚いた。
大きく現実と異なるのは福泉寺の位置。龍渓院から1.5kmほど山に向かった地点で、地元の郷土史会が跡地の写真も撮っている。
これが正しければ、福泉寺は背景画のように池の手前側ではなく、池奥の流れ込みあたり(バックウォーター側)になる。
アニメの福泉寺は現在の龍渓院の位置に近い。物語としても池の奥にある破れ寺という方が、集落との隔絶感も醸し出されそうな気もするが、あえて池の秘奥感に重きを置いて意図的に位置を入れ替えたのかもしれない。

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アニメ「対島の赤牛」の背景美術の模写



 

池名について

もうひとつの大池である一碧湖には「吉田の大池」という古名もあるようだが、「対島の大池」については、この稿の公開時点では検索ヒットはなかった。
池名としてはネット初登録の名称と思われるので出典について。笑われそうだが、上述の『まんが日本昔ばなし』から引いた。
ただ、固有名詞として使われたとは限らないので、作中の他の呼び方も記しておく。

「福泉寺の奥にある大池」(0:56)ナレーション
「福泉寺の森の奥に大池」(1:44)古老の台詞
「対島(たじま)の大池」(4:47)赤牛の台詞
「大池」(9:32)ナレーション
「福泉寺の森の奥にある対島の大池」(10:20)ナレーション


 

Google マップ

マークした場所は天皇陛下御幸記念の駐車場とトイレ。