水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

苫前ダム(北海道苫前)

とままえだむ。
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ダム名にはならなかった川と土地の名が刻む12月9日の惨劇。

苫前ダムは三毛別川上流に1991年に竣工した重力式コンクリートダム。町名そのものが冠せられているが、立地的には苫前の町からは20km以上も離れている。
ダムは三毛別山を南に擁し、三毛別川を堰く。「三毛別ダム」の方がしっくりきそうな気もするが、この名にまとわりつく痛ましい記憶が阻んだのかもしれない。
四キロほど北西にも三渓貯水池があるが、ここも「三渓ダム」という名で「三毛別」という名称からは微妙にずらされている。
「三毛別羆事件」は吉村昭の名作『羆嵐』(くまあらし)のモデルにもなった日本史上最悪の獣害事件である。

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

ダムをから5kmほど下った道道との合流地点には今も小さな集落がある。ダムができる75年前、この場所に人喰い熊を迎え撃つ対策本部として、警察官をはじめ周辺の集落から駆り集められた男たちが恐怖と戦っていた。
最初の惨劇は、大正4年(1915)12月9日に起こった。
対策本部のある三毛別川から分岐するルベシュベナイ沢川(六線沢)を5kmほど三毛別山の方へと上っていったところにある太田家で、六歳の子どもが遺体で見つかり、留守番をしていたはずの34歳の女性の行方が分からなかった。家から裏山へと引きずったような血の跡があり、窓枠に長い髪が引っかかっていた。

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現在の事件現場。左写真の沢の横あたりに熊の足跡があったようだ。


翌早朝からの三十名の男たちによる捜索隊は、すぐ裏手の山でヒグマと遭遇。その場所から、黒い足袋をはいた膝から下だけの女性の足が見つかった。
現在、太田家のあった場所には二車線の立派な道道が近くまで通じ、当時の家と熊の姿が再現されている。2003年にオートバイで初めて訪れたときは、1kmほど未舗装だったように思ったが、2017年の再訪では未舗装区間はわずかでアクセスしやすなっていた。

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2003年に初めて訪れた。熊の姿が見えたときは、心臓が止まるかと思った。
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12月9日といえば、本来なら熊は冬眠をしているはず。このヒグマは「穴持たず」といわれる冬眠しそこねた凶暴な個体だった。最初に食べた女性の味に執着し、今度は通夜の席を襲撃して棺をひっくり返して大暴れ。
以後、若い女の匂いを追って女ものの服を荒らしまわった挙げ句、胎児のいる妊婦をも襲った。
「腹破らんでくれ。喉喰って殺してくれ」という妊婦の叫びもむなしく、胎児ともども殺されてしまう。最終的な犠牲者は胎児を入れて七名に及んだ。
この熊は12月14 日に、一人もののマタギによって射殺。不思議な強風が吹いたという。
七名が死亡、三名が重傷。
最初の襲撃の現場となった太田家のあった場所は、クルマが転回できるほどのスペースがあり、再現された小屋が一軒立つ。案内看板もあるが、ひっそりしていてけっこうこわい。何より、この現場再現場所に何気なく掲げられた「この附近でヒグマの目撃情報が寄せられています。見学される方は、十分注意されるようお願いします」という看板がこわすぎた。

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左上は「熊の穴」という名がついているが、事件とは無関係か。


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横たわる開拓当時の木(左上)。すべてを見ていた?


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2017年。少し補修が入っているようだ。

日本最大のヒグマの剥製もある苫前町郷土資料館。

ダムから20km以上走らなければならないが、日本海に面した国道沿いに苫前の中心街がある。町中の苫前町郷土資料館にも、熊事件の原寸復元模型や詳細なパネルが展示されているほか、体重500キロ級の巨大ヒグマの剥製も。

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資料館内にある三毛別事件の実物大復元模型と資料(2003年撮影)
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資料館に展示された北海太郎。体重500kg、身長は2.4mというから、三毛別事件の熊もこれに近い大きさ。
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「渓谷の次郎」は冬眠中に撃たれた。


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明治以降、ヒグマに殺された人は140名以上にのぼる。


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ダム湖と堰体。


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熊をあしらった案内板と駐車場


三毛別羆事件に関するドキュメンタリー。

慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 (文春文庫)

慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 (文春文庫)

www.youtube.com


マークした場所は苫前ダムの駐車場。