
昭和までは全国2位の大きさをもつ天然湖沼「八郎潟」
八郎湖のオリジナルである八郎潟は、昭和時代までは琵琶湖に次いで日本第二位の大きさを持つ海跡湖由来の天然湖沼だった。
干拓によって東西二つの承水路と南部の八郎潟調整池をのぞき、そのほとんどが陸地化。現在、調整池および水路を合わせて「八郎湖」や「八郎潟残存湖」という呼称が使われている。
干拓でほとんどの湖面を失ったとはいえ、現在残る八郎潟調整池はそれでも全国で18番目の大きさ。
八郎潟干拓博物館
八郎潟のかつての湖底に立地
巨大天然湖が広大な農地へ。ドラマチックな歴史をたどれるミュージアムが八郎潟干拓博物館(入場有料)で、道の駅の中にあるので休憩や食事がてら気軽に立ち寄ることができる。この道の駅はかつては八郎潟の湖内だった場所に立地。


干拓に活躍したポンプ船の模型と資料



八郎潟の景観と施設
西部承水路
八郎潟西岸の名残りである西部承水路。ここには、へらぶなの固定釣り台もあった。ほか、バス、ワカサギ、ボラ。



東部承水路の釣り人転落事故
2026年2月11日、東部承水路で氷上ワカサギ釣りをしていた二名が落水する事故がありNHK全国ニュースで報じられた。
NHKでは「三種町の水路でワカサギ釣りをしていた」と報じていたので、用水路みたいな小さなコンクリート水路をイメージしてしまい、ワカサギ釣りができるなんて、どんな水路じゃ!? と驚いたが、八郎潟の東部承水路のことだった。東部承水路は干拓前は日本2位の大きさを誇る湖沼の八郎潟そのものだった場所なので、「水路」という言葉でイメージする小さく細いものではない。
大潟村水上スキー場


道の駅 ことおか

マップ
ニッポン湖沼図鑑マップ

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マークした場所は道の駅。