水辺遍路

訪れた池やダム 1万スポット

浮島の森(和歌山県新宮)

【うきしまのもり。新宮蘭沢(いのそ)浮島植物群落】

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びっしりと池底を埋める外来植物オオカナダモの隙間にはそこかしこでブラックバスが鎮座。外来種天国状態の池だが、水抜きなど駆除活動に踏み切れない特殊な事情がある。奥に見える森はただの岸ではない。日本最大級の浮き島なのだ。

市街中心部に残されたミステリアスな浮き島。

新宮駅からわずか400m、市街地の中心部に太古の姿をとどめた不思議な森が残されている。一見すると一辺100mに満たない四角い森が池とドブにぐるりと取り囲まれているだけに見えてしまうが、じつはこれ、国の天然記念物だったりする。
森のまわりにドブがあるのではなく、池の中に130種類もの植物がつくる5,000㎡の森をのせた島がラピュタのように浮いているのである。5,000平方メートルというと、ちょっとイメージしにくいので大雑把にいうと東京スカイツリーが二本立ってしまうぐらいの広さ。ラピュタよりはかなり小さいですが。
この浮き島は一帯が沼沢地だった1700年ごろに、泥炭層が水に浮いて形成された。ドブに見えた水路はじつは島を浮かせておくために、島よりひとまわり大きい状態で残された池の「外周」だったわけである。

 

「浮き島の森」目次

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岸に沿って池を取り囲む謎の鉄管。その正体は天然記念物を延命させる輸血チューブともいえる。パイプにはバルブも確認できる。


 

蛇の穴。おいのさんの伝説と「蛇性の婬」

その昔、浮島の森を浮かべたこの沼は山伏たちが修行する神聖な霊池だった。そして、おいのさんという美しい娘が父といっしょに薪取りに浮島に渡る。弁当を食べようとして箸を忘れたことに気づき、「おいの」さんという若い娘が箸がわりになるカシャバ(アカメガシワ)の小枝を求めて島の奥へと踏み分けていったが、さていつまでたっても戻ってこない。心配した父が娘の踏み跡をたどっていくと、今まさに大蛇に呑み込まれようとしている娘を見つけ、懸命に助けだそうとするが叶わず、ついにおいのさんは大蛇に呑まれるように底無しの穴へと引きずりこまれていったという。
そのへんの小枝を箸がわりにしてもよかったのではないか。もし握り飯だったら手でもよかったのに、アカメガシワの枝でなければならないほど豪勢なお弁当だったのか、父がこだわりタイプで「カシャバの箸でねえと食えん」と駄々をこねたのか真相は分からない。大蛇に飲まれたというのも父の言い訳であろう。自分が駄々をこねたせいで娘が穴にはまってしまったのを、大蛇のせいにしたのかもしれない。あるいは罪悪感が父に蛇を見せたのか、などと妄想してしまうが、大蛇の話が与えた強烈なインパクトは、
おいの見たけりゃ 藺の沢(いのど)へござれ
おいの藺の沢の 蛇の穴へ

という俗謡となって村を越えて世間に伝播し、ついには江戸時代のミステリー作家・上田秋成先生にインスピレーションを与え、名作ホラー短編『蛇性の婬(じゃせいのいん)』(『雨月物語』所収)に結実したのだから、世の中というのは分からない。
現在も浮島の森の最奥部には、おいのさんが呑み込まれたという「蛇の穴(じゃのあな)」を見ることができる。昔話では、10mもの竹竿を刺しても、ずぶずぶと呑み込まれてしまったとも。


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【左】鐘の中に隠れた安珍を、蛇の正体を現した清姫が焼き殺そうとするシーンは歌舞伎でも有名なクライマックスシーン。鐘巻由来図(道成寺蔵)【中】中国・白蛇伝説の「西湖三塔記」(ウィキペディアより)


おいのさんの悲話は、『雨月物語』作者の上田秋成の手にかかると「美女に化けた大蛇に執拗につきまとわれる男の運命」という壮大な「蛇性の婬(じゃせいのいん)」へと昇華させられる。
「蛇性の婬」・・すごいタイトルだが、内容もすごい。短編なのでいっきに読めるものの、怖くて眠れない。
文豪・谷崎潤一郎によって戯曲化もされ、映画化も。
ただ、おいのさんの伝説と、秋成の「蛇性の婬」は「大蛇」「美女」が共通する程度で、中味はまったく異なる。
むしろ能や歌舞伎で有名な「道成寺」の安珍と清姫伝説の方にプロットの類似が強く、「道成寺」のルーツを探っていくと中世の説話集である『今昔物語』(巻14の3)、さらには海を越えて中国の四大民間伝説『白蛇伝』(はくじゃでん)にまで行き着いた。
一方、「蛇性の婬(じゃせいのいん)」も「道成寺」も舞台として新宮(熊野)が出てくる共通点があり、その方が浮島の森との関連性は強そうな気もする。
「蛇」と「女」にまつわる伝説は日本でもっともポピュラーな池伝説タイプであるが、そのルーツは海を越えて中国だったのかもしれない。

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駐車場の片隅にある、おいのさんの像と碑文。





戦前までは広い沼を、ふら〜りふらりと漂っていた。

もともとの沼は最大幅1km、狭いところで300m。おおよそ湖周長2.5kmクラス。この沼を浮き島があっちに行ったりこっちに行ったり趣き深い光景が戦前までは見られた。台風のときは接岸して、岸に立っていた家を壊したこともあったというから、かなり自由気ままな浮き島だったようである。
戦後の食糧難で沼は埋め立てられ水田にされた。天然記念物になっている沼を埋めてしまうというのもすごいが、「あのころは、みんな生きるのに必死だった」という管理人さんの言葉も重い。
高度成長期に水田は次々と宅地に。すっかり小さくなった池は生活排水で汚染も進んだ。
厚さ50〜60センチの泥炭層(ピート層)の上に表土と樹木がのっている。浮力の強さについては謎が多いが、泥炭層内のメタンガスが関係しているのではないかという説もあるそうだ。管理人さんが子どものころは、鉄パイプを浮き島の表面に突き刺して火を付けるとバーナー状態になるほどメタンガスが溜まっていたという。
残念ながら現在の浮島の森は、泥土の上に座礁した状態になっているので、ふらりふらりとも動かないし、浮遊感は感じられない。浮島の森リフロート・プロジェクトを期待したいものである。

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管理棟内に展示された1926年(大正15年)の浮島の森の写真。大きな沼の中に島が浮いている。島自体も現在より大きいように見える。平地部分に人のほか、牛の姿も見える。
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埋め立てた敷地を池に戻し、浮き島の遊び場を拡張。

平成の初めは駐車場になっていた土地を、平成末の2015年に池として再生。これによって少しだけ浮き島のすみかは大きくなった。

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平成になって拡張した部分の池(2016年撮影)




池は輸血の管がめぐらされ重病患者さんのよう。

浮島の森を浮かべていた沼は戦後、埋め立てられ、現在は民家が密集する住宅地となっている。実際、浮島の森の敷地のぎりぎりまで民家が立つ。
平成になって池はやや拡張されたものの、市街中心地という立地上、水質悪化や外来魚、外来植物の繁殖が見られる。
浮島の森の池への水の流入口は管理事務所近く(池の北側)にあり、水源は井戸水をポンプで引いたものだが水量は多くはない。
さらなる清水を輸血するために、熊野川の水を地下導水路で引っぱり(国道42号の下を通ってくる)、浮島導水路で市道下をくぐり、浮島川との合流点でさらに分岐。一方は浮島川に直接流し、一方は池の周囲にめぐらされた導水管によって引かれている。
張り巡らされた輸血の管でかろうじて生かされている患者のような状態で、これは都市の池のひとつの形として印象深かった。

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熊野川からの導水管の配管図と浄化事業内容の案内板。


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浮島の森の池の外周壁にめぐらされた導水管。
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管理人室の天上近くに据えられたパトライト。これが点灯すると導水管からの水の塩分濃度が上がったサイン。給水をストップさせるのは自動。


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導水管から水を引くポンプの制御盤。管理棟の壁にある。



寒冷地と亜熱帯の植物が混在する謎の多い島の植生。

国の天然記念物の指定名称は「浮島の森」ではなく「新宮蘭沢(いのそ)浮島植物群落」。
島内の植物には植物名の記された案内板があり、亜熱帯系は赤い文字、寒冷地系は青い文字で記されているので分かりやすい。

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植生についての解説。
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いざ、浮き島の森へ。

入場料金を払い「順路」へ。

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浮き島へと渡る橋。

島内部に足を踏み入れると、いきなり異空間。まさに原生林。杉を主体に北方系植物と亜熱帯植物が混在する摩訶不思議な生態系。

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島の最奥部には、おいのさんを呑み込んだ「蛇の穴」。

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明るい島の外に出て流れ出し側へ。

島から池の南岸に出る。池のへりを歩くと、小さな橋。ここが流出口で小さな洪水吐もある。
反対側には住宅にはさまれて浮島川。川というより生活排水路。

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流出河川でもある浮島川。導水管も見える。


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小さな洪水吐。もとは天然湖沼だったこの池が人の完全管理下にある。


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浮き島のへり。


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ここでもブラックバスが池で「鯉」化。

2016年の初見の際は驚いた。民家がぎりぎりまで迫るコンクリートで固められた水路(ほんとうは池なのだが)に、大小のブラックバスが泳いでいる。しかもけっこうな数。家の隣のドブに大量のブラックバス。昭和時代の少年の夢に出てきそうな光景に面食らった。
浮き島の森のブラックバスについては2008年に地元紙「紀伊民報」で報じられているが、記事では「ブラックバスによる食害が心配されるような生物は沼にはおらず、島に直接害を及ぼすものではないが、天然記念物にはふさわしくない」(熊野自然保護連絡協議会の滝野秀二副会長)というコメントがあった。
いまだに一度も駆除は行われていないとのことなので、想像するに、浮き島のメカニズムについて未解明な部分が多いだけに、駆除のために水を抜くことで、島が浮力を得ている微妙なバランスを壊す怖れがある、というより、どんな影響があるのか分からないだけに、踏み切る判断が難しいのだろう。
実際、水抜きは浮き島を一度は座礁させるということだから、浮き島のピート層が自重で潰れてしまったりしたら取り返しがつかない。判断をした人は、一生、地区で後ろ指をさされるか、一家で夜逃げを強いられることだろう。そんな怖いことをやるぐらいなら、「バスによる食害の影響はない」と言い切ってしまいたくもなる気持ちも分かる。
そんな状態だからブラックバスたちにとっては楽園らしく、2019年の再訪では底に敷き詰められた水草と水面とのわずかな空間で、甲羅干しならぬ背びれ干しをしている大小のオオクチバスたちの姿があった。

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「鯉化」した大小のブラックバス(2019年撮影)

そんな無防備きわまりない状態にもかかわらず、近づこうがカメラを向けようが、まるで動く気配もない。体色まで変化して、遠目に見ればどうみても庭池の鯉。望遠レンズで確認するまでは信じられなかった。
ブラックバスは大型になるほど水面上の動きに敏感になり、固定物の陰にじっと身を潜めるのを好むはず。それが、陽光降りそそぐビーチのふわふわベッドで大の字になっているような図太さ。種の本能さえも変化させてしまうのか。しかし天敵は許してくれまい。市街中心部という立地で、大型の鳥類もやって来ないということだろうか。
ブラックバスの鯉化については、事例は多くはないが他の池でも確認している。同サイズの鯉といっしょに悠々と水面を泳ぐランカーバスや、鯉の群れにまぎれこむ小バス群もいる。
なお、特別に認可された研究・研究活動以外の釣りはお断りしているとのこと。もっとも鯉化したバスを釣るのは容易ではないだろう。

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2016年撮影。このころは、まだブラックバスらしい動きをしていたが。




駐車場、管理棟、案内板。

入場は有料。エントランスを兼ねた管理事務所は資料室にもなっている。希望すれば管理人のおじさんがていねいに浮き島の魅力について解説してくれる。

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管理事務所は浮島への入口にもなっている。ここで料金を払う。希望すれば説明も受けられる。
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これが泥炭。水槽の中で浮いている。


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浮島の森の昔の姿。沼が大きい。


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駐車場。左写真の建物は公衆トイレ。右写真の建物は管理事務所。


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案内板。







マークした場所は駐車場