【こやいけ / 昆陽池公園】

日本列島の形をした島をもつ池
まず、ふつうは読めない。池名の昆陽池は「こやいけ」と読む。池は中堤で二分されている。
池名を冠した昆陽池公園として整備・開放されている。伊丹空港近くの市街地に立地し、上空をひっきりなしに離陸する航空機乗客へのアピールとして、日本列島の形をした島が公園化の際に設けられた。
歴史的にも日本最古クラスのダム式ため池で、築造は奈良時代の行基が指揮した。
関西屈指の野鳥の楽園でもあり、昆虫館、ビジターハウス、ビオトープあり。駐車場有料。
昆陽池の構成と構造
中堤で区切られた「自然池」と「貯水池(人工池)」で構成
公園の中心構成要素として二つの趣きの異なる池があるが、二つを総称して昆陽池と呼ぶ。南側の池は調整池然としたコンクリート護岸で「貯水池」と呼ばれているのに対して、北側の池は天然湖のような水景を持ち「自然池」と呼ばれる。


日本列島の形をした島
この池の最大の特徴は、日本列島をかたどった島があること。スケールが大きすぎて、ちょっとばかり見おろすぐらいでは分からない。航空写真で見ると、みごとに日本列島が浮かび上がる。これは伊丹空港を離発着する飛行機の乗客の目を楽しませようと1972の公園化の際に造られた。しかしこのミニ日本列島は水位の上下で形が変わったり、カワウの糞害で緑が消えて荒土と化したり、日本らしい形を保つのもなかなか苦労がたえないようだ。
とはいってもこのミニ日本列島、いざ勇んで池のほとりに立っても、まったくもって日本列島を感じることができない。

野鳥給餌池
池という名が付いているが、自然池の一区画。
野鳥にエサをあげないで、という池はよく見るが、エサをあげる目的の専用の池があるのはめずらしい。




野鳥観察橋



浄化水路(くねくね小川)
ヘイケボタルが生息。



貯水池(人工池)の水門
石垣風のコンクリート護岸で、釣り禁止の看板があった。





昆陽池の歴史
池マスター行基による世界初(?)の「多目的ダム」
池の起源はなんと奈良時代。731年(天平3年)、弘法大師にならぶ、ため池造りのスーパースター、行基さんの指導のもと築造されたとされる。
「日本最古のダム式ため池」の称号をもつのは大阪府の狭山池であるが、こちら昆陽池はいうなれば「日本初の多目的ダム」。
農業用ため池を造る過程で、一帯が洪水多発地域だったこともあり、増水時に河川の流量を調節する機能(治水機能)も担わせようとしたようだ。二本の水路も池と合わせて造られているが、どのような設計、運用になっていたのか興味深い。
ダムに利水と治水の両機能をもたせる総合的な運用が理論化されたのが19世紀後半のドイツだったから、それより千年以上前に行基さんは多目的ダムを造っていたことになる。渡来人系の高度な技術集団の出自とはいえ、どこからそんな大胆な発想を得て、どのように技術的に実現させたのか不思議でならない。あるいは世界初の多目的ダムといえるかもしれない。



築造時は現在の3倍の広さ
築造時は昆陽上池、昆陽下池と合わせて現在の3倍以上の面積があったが、江戸時代に下池が埋め立てられ、残った上池は「昆陽大池」と呼ばれたが昭和時代の開発で縮小し「昆陽池」の名に落ち着いた経緯がある。
片目がつぶれた魚の伝承は柳田国男にも採話
行基がこの地で薬師如来の化身である病人を助ける説話があり、病人に供した半身の魚の残り半分を池に返したところ、泳いで行ったという。魚は鮒だったとされるが、その子孫が代々、片目がつぶれた魚として生き継がれてきたという。この伝承は柳田国男にも採録されている。
類話は近くで他に駅ヶ池と潰目池の二例見られる。

動植物
ニシキゴイ

ラクウショウ


野鳥

オニバスの保護エリア
2015年撮影。

施設
駐車場

昆虫館

マップ
現地案内マップ

ニッポン湖沼図鑑マップ

Googleマップ
マークした場所が駐車場(有料)。
