
歴史あり伝説あり釣りOKの「ため池100選」の池
ため池としての起源は古く、室町時代応永年間に作られた山形県最古の農業用ため池であり、全国ため池100選にも選定。
古い池だけあって、語り継がれてきた不思議な民話があり、また今もなおこの沼の水面が清く輝いているのは、この池で亡骸として見つかった玉虫という美しい奥女中が掃き清めているからだと云う。
毎年5月21日の黎明には水面を掃き清める姿が現れ、それを見た者は生涯、幸運に恵まれるとか。変わった言い伝えだ。
周囲2kmの岸辺には遊歩道が完備がされ観光客も多い。
駐車場にきれいなトイレあり。
釣りは、へら、バス。水質はクリヤー。
アクセス路である県道18も快走路。山形側は夜景も美しい。

玉虫沼の設備
堰体

笠松
小さな岬状になっている。


水上設備

洪水吐

ため池100選選定記念の碑

湖畔の駐車場とトイレ


玉虫沼農村公園






案内板・記念碑


玉虫沼の池伝説
以下、現地案内板より。
伝説玉虫姫物語
昔々のこと、山野辺のお城に玉虫という大変美しく動作もしとやかな娘が奉公していた。
玉虫は、働き者で殿様からも奥方様からも非常に気に入られ、台所の仕事を仰せつかった。
特に玉虫の炊いたご飯は良い香りがしておいしいのでした。また、玉虫の美貌は、お城勤めの若待の間で評判がたち、「誰が彼女を射とめるだろうか。」などと、大した人気でした。玉虫があまりにもかわいがられるので、他の女中たちはねたむようになった。
誰が言いふらしたのであろうか、「玉虫は殿様に蛇を入れて炊いた飯を食べさせている。」との噂が立ち、たちまち城中に広がった。そんな噂が身近に漂っているとは露知らない玉虫は、朝夕の仕事もまめまめしく働いていました。奥方はどこまでも彼女の味方であったが、玉虫の疑いを晴らすためにもはっきりした証拠を見ておこうとした。
ある朝、奥方はこっそり台所にしのんで、彼女が炊いた釜飯の蓋をとって見た。釜の中には白い蛇がとぐろを巻いたままで湯気を立てている。今まで信じ切っていた奥方は、一気に気力が抜けて目がくらむばかりであった。
そして、その夜のことである。玉虫の姿は城中からえてしまった。玉虫の遺骸が玉虫沼に浮いていたのはその翌日であった。
玉虫沼に何時行って見ても、水面が清らかに輝いているのは、玉虫姫が、毎朝早く掃除をするからだ、といわれている。五月二十一日の玉虫明神様の御縁日に、東の空のほのぼのと白むころに行って見ると、玉虫姫が御殿勤めのときの美しい姿で水面を掃いている姿を見ることが出来るそうです。
そしてこれを見た人は一生幸運に恵まれるという。
武田泰造著「山辺夜話より」

玉虫沼の景観
南岸側から
手前側の岸にも釣り師が見える。(2017年)

2013年5月の玉虫沼







