水辺遍路

実踏・日本の湖沼 8,300湖

岩屋谷池(兵庫県明石)

【いわいだにいけ。岩屋谷公園】
f:id:cippillo:20190309111833j:plain

その名に相生の歴史が刻まれた溜め池。

岩屋谷(岩谷)は相生(あいおい)のふるさとの名山「天下台山」への登山路にもなっている嶮岨な谷である。「いわやだに」と読みそうなものだが、「いわいだに」と読むのは、この地をめぐる境界争いの歴史と関係があるようだ。
現地の殉職碑(明治時代の築造の際に二人の方が亡くなっている)に「岩谷池」、少し古い案内板にも同じく「岩谷池」と記載されている。
江戸時代、岩屋谷のあたりは相生藩と龍野藩の境界争いが激しく、その最前線にいたのが古池集落と那波野集落。両集落の争いは流血の事態に至り、今でいうところのFBIみたいな京都所司代が仲裁に出てきたというからすごい。
その境界ラインを判じた決済文書に「岩屋谷」と誤記(?)されたようだ。当時のFBI長官は関東の人だったからしかたないのかもしれないが、ともかくそれが行政地図上の「岩屋谷」表記の遠因ではないかと、地元の方が推測していた。

f:id:cippillo:20190309112240j:plain
相生の谷池群は天下台山の登山路でめぐることができる。

戦後、那波野集落の水源である岩谷の沢に池を造る計画ができる。すでに長池をもっていた古池集落サイドは、かつてのライバルの池造りに協力する。
難工事だったらしく完成までに古池側と那波野側それぞれ一名ずつが犠牲になったが、殉職碑に刻まれた名を見てちょっと驚いた。
ひとりは那波野の岩谷さん。谷そのものの名が苗字だった。
もう一人が土井さん。「井」の語源には、沢を木などで堰き止めた原始的な池の堤、という意味もある。なんと土の堤=アースダム。
二人の名前を合わせると岩谷堰堤。この池そのもの。
現在、両集落は仲良く相生市に属している。

f:id:cippillo:20190309111834j:plain

f:id:cippillo:20190309111832j:plainf:id:cippillo:20190309111835j:plain
斜樋スピンドル操作ボックスと堰体天端。堤の前法面は石組み護岸が施されている。

f:id:cippillo:20190309111830j:plain

f:id:cippillo:20190309111837j:plainf:id:cippillo:20190309111836j:plain
堰体下の水路と堰体。戦後に一度決壊しており、修復されている。

公園として整備されているがアプローチ路は狭い。

岩屋谷池の堰体下の谷は岩屋谷公園として整備されており、訪れた日はバーベキューを楽しむ家族連れでにぎわっていた。
公園には駐車場も整備されているが、アプローチ路は那波野の集落を抜ける狭い生活道。少々、分かりにくい。
公園駐車場にクルマをとめてからは、公園内の気持ちのいい遊歩道を人工せせらぎに沿って歩きのぼっていくと、前方に岩屋谷池の堤が見えてくる。駐車場から堤までは500mほど。
堤には左右二本の階段がつけられている。
洪水吐は左岸側。三連のスピンドルで操作する斜樋設備はわりと新しい。
2000年ごろに数十年ぶりの水抜きをしたようだ。また2016年のGoogleマップ航空写真でも水抜きが確認できた。
池底まで崖が落ち込む厳しい谷地形は魅力的だが怖いものもある。

f:id:cippillo:20190309111839j:plainf:id:cippillo:20190309111838j:plain
駐車場と案内板。

f:id:cippillo:20190225122951p:plain
堤を奥まで歩くと、小さな階段があり、入ってみると崖を這うような謎めいた小径が池の奥へとつづいています。天下台山への登山ルートは対岸の右岸側なので、このあやしげな道は何なのか気になりました。
奥を見ると斜樋の二連スピンドルが! なんであんな場所に取水設備が?
もう不思議でなりません。岩盤をくり抜いて導水トンネルを設けた? 堤側には新しい斜樋もあるので、今はもう使っていないのかも。
堤にある現役の斜樋とは別に、崖岸に造られた斜樋の存在。
もしかしたら戦後まもなく発生したという決壊事故と関係しているのかもしれません。


f:id:cippillo:20190309112239j:plain

f:id:cippillo:20190309111831j:plainf:id:cippillo:20190309111829j:plain
右岸側の斜樋と藪トンネルの管理道。


マークした場所は駐車場。