水辺遍路

訪れた全国1万1,450の池やダムを独自の視点で紹介

牛むぐり池(千葉県印西)

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【図解】牛むぐり池絵図(水辺遍路2019)

ライ病の皇女、池造りの天才プロデューサー、忠義の牛。

千葉ニュータウンの開発とセットで造成された北総鉄道と高速道路のような国道464号線。計画が頓挫したのだろうか。初めてここを訪れた2014年夏、国道は牛むぐり池の横でぶっつりと途切れていた。それはどこか昭和の経済成長の終焉を示しているような気がしたのを覚えている。
今や高層マンションと呼ぶには高さが足りない十数階の集合住宅がところどところに建つ瀟洒な町なみの中、都市型調節池を中心に公園として整備されているのが松虫姫公園
牛むぐりの池という名前といい、松虫姫公園という名前といい、ただの調整池にしては名前の付け方があまりにいわくありげである。調べてみると、松虫姫は奈良時代の聖武天皇の皇女。
ライ病に冒されていた松虫姫は夢枕に立った薬師如来から「下総(千葉県)の山里のどこかにいる私を探しなさい」という難しい課題を授かる。
こうして薬師如来クエストの旅が始まるわけだが、そこは皇女という立場、案内人として起用されたのはなんと行基だった。
日本史上、空海に並ぶ池造りの伝説的マーベラス辣腕プロデューサーで、奈良大仏建立の総監督、さらには全国のあちこちで薬師如来の導きのもと有名観光スポットを開発し、大衆にも熱狂的ファンが多い大スターである。
この松虫姫ドリームチームは数々の困難を乗り越え、ついにこの地にひっそりとたたずむ薬師如来像を見つける。病も快癒しチームは解散。姫は京に戻り、めでたく結婚。
ところが皇女が京に帰ったあと、高齢の乳母とともに一頭の牛がこの地に置いてけぼりにされた。牛は薬師クエストの旅の途上ずっと姫を背に乗せ、遠州では山賊に襲われた絶体絶命のピンチの際に、猛然果敢と戦って姫を守った忠義の牛。
土地にすっかり順応して、養蚕など京文化を小出しにしつつみごとポジションを築いた乳母とは対照的に、姫と離れ悲嘆にくれ塞ぎ込む老牛。ついに池に身を投げて死んでしまう。牛むぐりとは牛潜りの意。ひとりずぶずぶと深み入っていき、やがて線となって沼に消えていく牛の姿が目に浮かぶようだ。
牛むぐりの池は現在は都市型の調整池として、千葉ニュータウンの東の端で、町を洪水から守っている。池の周囲は松虫姫公園として整備され、広場には姫を背にのせた牛の像がある。
駐車場、遊歩道あり。北総鉄道の印旛日本大駅が近い。
ところで行基さんは、姫といっしょに京に戻ったのだろうか。それとも薬師如来の導くまま、新たな旅へと向かったのだろうか。


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調節池でありながら、なかなかの雰囲気。池では釣りをするバサーの姿も。
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駐車場


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都市型の洪水調節池(調整池)は、全国的に急減している池の中では、唯一、社会的要請で増えつづけている現代的な池といえそうです。
牛むぐり池は伝説に出てくるぐらいなので、もともとは天然の沼沢地だったのでしょう。ただ、もともとあった牛むぐり池を改造して調節池として活用したのか、すでに池は消失して名と伝説だけだったところに、新造した調整池にその名を付けた可能性もあります。
調節池として特徴的な構造として、巨大なコンクリート暗渠型の流入口とオリフィス放流塔があります。
四角いコンクリート升のような人工構造物で、池の規模によって大小ありますが、よく見ると働きもののカッコいい設備です。最近、愛読している国土交通省の「要求水準書 添付書類-16 造成基本設計報告書(5/12)第五章 調整池設計」では「洪水吐き放流塔」と呼ばれていました。ダム用語でも「オリフィスゲート」がありますが、オリフィスは正確には流量調節可能な「穴」自体を指す言葉のようです。
洪水吐といえば一般的に堰タイプのものを思い浮かべると思いますが、調節池でもこのタイプを採用・併用しているものもあります。文書の中に放流塔型のメリットとして以下の三点が挙げられていました。

  • 近年の小規模調整池において設計・施工事例が多い。
  • 矩形のため施工が容易。
  • 洪水吐を地山に乗せる等の構造上の配慮を要しない。


放流塔には、設計図をもとに現場でコンクリートを打設するもの、いわばオートクチュール・タイプ(オーダーメイド)と、既製品を現場に合わせて施工するプレタポルテ・タイプ(セミーダーメイド・レディメイド)があります。
水辺遍路では洪水調節池(調整池)の放流塔を便宜上、オリフィス塔、オリフィス放流塔と呼んでいます。


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マークした場所は駐車場。