水辺遍路

訪れた全国1万1,450の池やダムを独自の視点で紹介

オンネトー湯滝の池(北海道足寄)

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何万匹もの熱帯魚が生息し、ついに国が駆除に乗り出した池。

北海道の三大秘湖のひとつ、オンネトー湖の吐き出し側にある駐車場から遊歩道で1.4km。舗装林道を30分ほど歩いた先にオンネトー湯の滝が見えてきた。
近づくとソーメン流しのような滝が流れ落ちる足もとに妖しい色をした池があった。岸寄りは赤っぽく深場ではブルー系ともグリーン系ともつかぬカクテルのような色合い。水面に浮かぶ鮮やかなイエローグリーンの水生植物。水中にも水草なのか苔なのか緑が見える。
滝自体が温泉成分を含む高温の水なので、北海道の秘湖のさらに奥にある池でありながら冬でも20度ほどの水温を保っているということである。
昭和60年代、誰かが持ち込んだグッピーやナイルティラピアといった熱帯魚が大繁殖。小さな池は数万尾の色とりどりの熱帯魚でひしめいた。
外来魚の繁殖力もさることながら、池に生えていた藻類がかっこうのエサになったようで、放流した人もおそらくは想像もしなかった熱帯魚の大楽園になってしまった。
これが町が管理する無名の閉鎖池だったら、SNSスポットとして人気を博す名所で済んだかもしれないが、オンネトー湯滝の池は国立公園内にあり、しかも二酸化マンガンを自然生成する世界でも希少な池として天然記念物に指定されたこともあって大問題に発展した。(天然記念物の登録名は「オンネトー湯の滝マンガン酸化物生成地」)
二酸化マンガンといえば小学生のころの理科の実験とか、当時の乾電池を分解したときに出てくる黒い粉、ぐらいしか思い浮かばない。二酸化マンガンを自然生成する池のスゴさは今ひとつピンと来ていないが、この生成過程に、グッピーたちのエサになっていた藻類が深く関係していた。藻類の激減がマンガン鉱物生成に影響を与え、学術の世界から国を動かす一大騒動になってしまったのである。

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町は天然記念物指定を受ける前年の1999年から毎年秋にポンプで池の水を抜き熱帯魚を網で捕獲する攻めの駆除活動に乗りだすも根絶に至らず、2010年、ついに国(環境省)が動きだす。
滝壺の池の上段の流れ込み側に木の板で堰(せき)を設置。二段の池のようなかっこうにし、あたたかい温泉水は太いホースで下の池の吐き出し側にダイレクトにバイパス。温度の高い水は、ほぼ完全に熱帯魚の池を素通りするかっこうである。
一方、滝筋からはずれた山から流れてくる沢の冷たい水を池に引き込んでもいた。これで冬の寒さで熱帯魚を全滅させようという恐ろしい作戦であるが、それでもかなり時間がかかって2019年1月、ついに根絶が宣言され長い戦いも幕を下ろした・・のかな。
駆除用のバイパスパイプや堰などは作戦完了後に撤去されるということが、環境相が現地に設置した案内板に記されていた。案内板の文は「オンネトー湯の滝での悲劇を繰り返さないように」という文で結ばれていた。
帰路、駐車場へとつづく道を歩きながら考えた。30年以上前、この山道を黒い雨合羽に身を包み、熱帯魚と酸素入りの水袋をリュックに入れて伏し目がちに歩く人がいた? それは無理がある。あるいは当時はゲートがなく、クルマで滝まで進めたのかもしれない。それにしてもなぜ、わざわざここに?
歩くうちに、答えは自分の中にもあるような気がしていた。正直いうと池で泳ぐ熱帯魚の写真を撮ることができなくて、ちょっと残念だった。この道を歩けば、おそらく誰でも気づく。国の職員も分かっていただろう。それが案内板に記されていた「悲劇」という言葉に込められた意味なのかもしれない。


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左は熱帯魚駆除用に設けられた取水堰(しゅすいせき)と、温泉水バイパス用のパイプ。右は池に引き込まれた冷水の流れ込み。


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オンネトー湯の滝を下から


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オンネトー湯の滝の全景


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駐車場からオンネトー湯の滝アプローチ路への入口には車止めのゲート。


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駐車場と案内板
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マークした場所はアプローチ路入口の駐車場(トイレあり)


 

朝日新聞2019/2/20の記事

 全国各地の川や湖沼に入り込み、在来の生態系を脅かしている外来魚。本来は野外に放たれると根絶は難しい。だが、先月、北海道の阿寒摩周国立公園にある「オンネトー湯の滝」で繁殖していたグッピーなどの根絶が宣言された。「地の利」を生かし、「敵を知る」駆除方法が奏功した。


 北海道足寄(あしょろ)町の原生林の中にあるオンネトー湯の滝。斜面からわき出た温泉水が高さ20メートル超の滝となって流れ落ちる。滝つぼには二酸化マンガンが沈殿している。滝つぼに生息する藻類や細菌の働きにより、温泉水に含まれる成分から生成されたものだ。通常は海底にある二酸化マンガンの鉱床や生成過程を陸上で観察できる貴重な場所だ。

 しかし、放流された外来魚が繁殖し始めた。

 環境省阿寒湖管理官事務所によると、1980年代にナイルティラピア、97年にグッピーの生息が確認された。温泉水が流れ込み冬も水温が20度半ばの滝つぼは、熱帯魚にとっては好環境。鉱床の生成に欠かせない藻類を食い荒らした。

 約20年前に駆除に乗り出した町や環境省は、網での捕獲やポンプで滝つぼの水を抜くなど試みたが、あまり効果はなかった。

 そこで考案されたのが、流れ込む温泉水を遮断し水温を下げ、寒さに弱い外来魚を死滅させる方法だ。

 2013年秋に、温泉水を滝つぼの下流に迂回(うかい)させるバイパス管を設置した。だが、滝つぼの底などからも温泉水は湧き出し、水温があまり下がらなかったため、近くの沢から冷水を引き込み、雪も投入。冬の水温は低い場所では5度前後にまで下がった。

 ピーク時に少なくとも1万5千匹いた外来魚は激減。ナイルティラピアは15年を最後に確認されず、グッピーも17年以降の調査で見つからなくなり、根絶が宣言された。

 冷水の引き込みを発案した北海道立総合研究機構の工藤智フェロー(水産学)は「今後は食べられていた藻類が回復し、鉱床が生成されるまでを専門家が見守ることが必要」と話す。

 外来魚の生息場所の特徴を生かしたり、弱点を突いたりする駆除は、ほかの地域でも進む。

 福島県の大滝根川にある三春ダムでは、放水方法の工夫でダム湖に定着したブラックバスの駆除を試みている。洪水期に備えて5月中旬から放水してダム湖の水位を下げていたが、この時期はブラックバスの産卵期に重なる。

 国土交通省三春ダム管理所によると、従来は徐々に放水し、ダム湖の水位を8メートル下げていた。08年から、2メートル下げるごとに放水を止め、数日間水位を保ってから再び放水して段階的に水位を下げる方法にした。

 狙いは卵だ。ブラックバスは水深の浅い場所に産卵する。この習性を逆手にとり、水位を保っている間に産卵させた後、放水することで卵を水面の上に露出させて干し上げてしまう試みだ。産卵期にこれを繰り返すことで、多い年は従来の4倍の卵を干し上げる効果があったという。

 ラムサール条約の登録湿地である宮城県北部の伊豆沼・内沼で行われているのはフェロモン作戦だ。

 県伊豆沼・内沼環境保全財団によると、繁殖期を迎えたオスのブラックバスの胆汁には、メスを引き寄せるフェロモンが含まれる。水中にしかけた刺し網に胆汁を入れた容器を取り付けて少しずつ流出させると、取り付けなかった場合と比べて2倍のメスが捕獲できたという。

 フェロモンを出すオスが少ない環境ほど高い効果が期待できるといい、駆除が進んで生息密度が低くなった水域で役立ちそうだ。

 ただ実用化には胆汁の確保など課題もあり、藤本泰文研究員(水産学)は「誘引効果のある物質を特定し、人工的な生成を目指したい」と話す。

 こうした取り組みについて、滋賀県立琵琶湖博物館の中井克樹・専門学芸員(保全生態学)は「場所の特性を生かしたり、対象の弱点を突いたりする手法は重要で、状況に応じて複数の駆除手法をうまく組み合わせていくのが基本だ」と話す。(川村剛志)