水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

黒沢ダム(長野県安曇野)

黒沢砂防ダム。
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その名は、なんとなく「脱ダム宣言」で幻となった。

二段構えになった砂防堰堤タイプのコンクリート堰体だが、ひとつひとつの大きさは、せいぜい10mぐらいに見える。(※平成24年に長野県知事名で国交省に提出された文書には「24.5m」という数字も見られたが、二つの堰体を合わせた高さだと思われる)
貯水池も周囲500m級で野池レベルだし、「ダム」と呼んでいいのか微妙な感じはする。
そもそも「黒沢ダム」という名は、大分県佐伯にも同名ダムがあり、全国区でみればダムカードも発行されている大分側に軍配があがる。

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しかし興味深いことに、ここ長野県側も、いくつかの地図に「黒沢ダム」とはっきり記載されているほか、「ダム便覧」にも一般のダムとしての掲載ではないものの「ダム番号:3123」として、ページが存在していた。
しかも堰体高61.5mとの記載に目を疑った。6.5mの間違いではないか。60mといえば、かなり壮観なダムのはず。
資料を渉猟した末にたどりついた長野県の行政文書に、懐かしくも何となくクリスタルな「脱ダム宣言」の旗印のもとで、平成23年に建設中止が決定した「黒沢生活貯水池」なる名称を見つけた。これこそが堤高61.5m、幻の「黒沢ダム」の実態のようだ。

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資料を見ると、黒沢砂防ダムを水没させるかっこうで、かなり広い湖面をもつ多目的ダムになる予定だった。黒沢砂防ダムはあやうく水没ダムになるところを脱ダム宣言に救われたわけである。
アプローチ路は2kmにわたってすれ違い困難な一車線路。特にダム周辺はかなり厳しい。上流に黒沢滝があり、ダム上が登山口となっている。

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上の写真を見て、あれ? と思いませんか。
立入禁止の看板に「市の水源施設」の文字。県が管理する砂防ダムのはずが、安曇野市の水源池になっている。駐車スペースもなくフェンスで中がよく見えないので、取水設備などがどうなっているのか確認できなかったが、1.5kmほど下流に水道設備があった。
じつは黒沢ダムが何となく幻と化した背景には、受益地であった梓川村が安曇野市に編入されたことと無関係ではない。公開されている公的文書は、そっけない顔をしつつも、なかなか多くを語っている。
平成24年12月付け長野県の公的文書「信濃川水系 松本圏域河川整備計画(黒沢川)」の中の文章に、黒沢砂防ダムについて日本百名山のような無駄のない美しい記述があったので、文書削除されないうちに下記に転記しておく。

黒沢川は、日本アルプスの前衛である黒沢山~鍋 冠 山 に連なる標高1,800~2,100m の山脈に源を発し、山間をV字谷を成しつつ流下し、主要地方道塩尻鍋割穂高線の直下流で南黒沢川と合流し、安曇野市(旧三郷村)楡地区において用水路の堀廻堰(ほりまわりぜき)に接続する。いわゆる尻無し川の形態を成しており、これより下流は河道がないため、増水時はたびたび浸水被害を引き起こしている。
流域の大部分は、安曇野市に含まれるが、南黒沢川付近は松本市(旧梓川村)となっている。上流域の山地部は美濃帯の中・古生代の地層からなり、中・下流域は黒沢川が造った扇状地を形成している。全川砂防指定地となっており、山越沢と滝の沢の合流点には黒沢砂防ダム(H=24m、L=101.6m)が建設され、南黒沢の中流にも小室砂防ダム(H=25m、L=56m)が設置されている。


砂防ダムが貯水池として利用されるというのは、砂防ダム全体からすれば圧倒的なレアケースだが、名物県知事の鳴り物入りの「脱ダム宣言」と、市町村合併がもたらした時代の産物といったところか。
なお黒沢ダムと名の似た黒川ダムにも、偶然にしては驚くほどの相似関係があることを発見。
100mの堰体をもつ巨大な黒川ダム(兵庫県)と、小さな砂防ダムなのに「黒川ダム」の名で公式釣り場として湖面利用がされている群馬県の黒川砂防堰堤。

bunbun.hatenablog.com

相似関係といえば、「脱ダム宣言」を出した元長野県知事の田中康夫氏は、「なんとなく、クリスタル」で学生時代に華々しく作家デビュー。大学在学中に作家デビューし、のちに知事になった人といえば石原慎太郎氏も同じ。
しかも二人はともに一橋大学法学部という点も同じだが、石原氏の「太陽の季節」は芥川賞をとったが、「なんクリ」は芥川賞候補。弟がスター俳優だったとか、容姿とか、東京と長野とか、相似関係もなかなか厳しいところがある。

新装版 なんとなく、クリスタル (河出文庫)

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太陽の季節 (新潮文庫)

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