住宅地の中にひっそり。ミステリアスな町池
なんだろう、このエアーポケットのような異空間は。
函南中学校沿いの道から住宅が集まる路地に折れて少し進むと、軒と軒にはさまれて円形の小さな池がたたずんでいた。
よく見るとコンクリートで固められた護岸は円ではなく多角形。なんとなくフェンスの直線に合わせて施工されているようにも見える。
直径7メートル。井戸というには大きいが、池としてはいかにも小さい。でも水面にはスイレンも浮いていて、池らしい表情も。
池のほとりには隣家の屋根より高い木が立ち、その足もとに祠と鳥居。
昔は松の大木だったらしいが枯れてしまったのか、不気味に白い樹皮を奇妙な形にうねらせて空に向かっている木は楠か。まるで白蛇。その横に借りてきた猫のように、慎ましく松が植樹されている。楠の幹のうねりには何か不思議な地の気のようなものがみなぎっている。そう、ただの池ではない。
この池のヌシは龍神。
小さいながらも底なしと恐れられ、鯉、鮒、ウナギがたくさん泳いでいても、祟りを恐れて誰も取らない。
「函南村誌」にも「深さ計るべからず」と記された。深さを測ってはいけないのか、それとも計測不能だったのか。
池の底の湧水が水源で、日照りでも水位は変わらないという。雨乞いの池としても崇められた。
現地の石碑の説明文によれば、胃痙攣などの病になってもこの池で祈れば治ったとも。でも、なぜ胃痙攣? 最近、あまり聞かないけど函南の風土病?
興味深いのが病が治ったらお礼参りとして、池にぼたもちを投げ入れ、後ろを振り向かず帰るという信仰があったとか。
このような風習は全国の池をめぐってきたが、他に類例を知らない。
こんな小さな池に、みんなが手に手にボタモチを投げ込んだらどんなことになるのだろう。しかし振り返ってはならぬのだ。
現在、池岸にはコンクリ護岸の二ヶ所に切り欠きがあり、一方は雨水が流れ込むようになっているようだ。もう一方は鉄製スクリーン付きの吐き出しになっていて、グレーチング蓋の溝型水路となって流れ出している。
池を管理している地元老人会が掲げた貼紙には、以下の注意が記されている。
・池にザリガニを入れない
・石を投げない
・フェンスにのぼらない
ボタモチを投げるのは、大丈夫?