水辺遍路

訪れた全国1万1,100の池やダムを独自の視点で紹介

八坂神社の弁天池(滋賀県長浜)

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長濱八幡宮の池で毎年、盆に行われる蛇の舞。蛇の獅子舞が池の中を練り歩くという、日本唯一の雨乞い神事とされるが、現在のように華々しいイベントになる前に、地域でもあまり知られずひっそり行われていた池があると耳にして、その所在を探ってみずにはいられなかった。
無形文化財としての登録名は「永久寺の蛇の舞」。しかし「永久寺」は今や町名として残っているだけで、そのような名の寺が見つからない。
長浜駅から南東2.5kmの田園地帯にこの永久寺町はある。水田に囲まれ鎮守の森が島のようにたたずむ一角、八坂神社境内の弁天池という池がもともと蛇の舞が行われていたそうだ。この土地で「蛇組」という、まるで秘密結社のような血筋の男たちによって神具と作法が伝えられてきた。

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この蛇組、江戸時代から現在に至るまで、わずか九戸の家系が長男の一子相伝で伝統を守ってきたという。
八坂神社には狭い農道でアクセスするしかなかった。
果たして蛇舞が行われていたという弁天池は実在なのか。ドキドキしながら鳥居をくぐったが、池は蛇が壮大な舞いを演じるようなスケールではなく、子どもの水遊びにも足りぬ小さなものだった。
しかし石碑によれば神社は戦国時代、天正三年の創建で(将軍織田信長公という文字がある)、最後は昭和二十三年、農地改革で神社所有の田がすべて政府に買い上げられたという記述で締め括られている。
かつての蛇の舞は、蛇組の担ぎ手たちは胸まで水につかって張り子の大蛇を操っていたという話もあるが、そのようなスケールのある池がこの田園のどこかにあったのかと思うと胸が熱くなった。
そういえば、蛇舞が長濱八幡宮の池に移されたのも、昭和二十三年だった。


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社殿。右に見えるのが池


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蛇舞が行われていた広い池の痕跡はないかと、社殿の裏にまわってみた。


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道の先に見える森が八坂神社
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