
伝説ではかつて湖だった里。滝壺にはマスが
伝説上の湖の名残りが「鵜養(うやしない)」という里の名に隠されており、「鵜の巣(うのす)」が転じて「伏伸(ふのし)」という滝名になったとの説もあり興味深い。
確かにこの滝を湖頭とする湖盆地形が現在の「鵜養」集落に見られる。岨谷峡で塞かれた湖だとしたら周囲長5kmクラスの美しいロストレイクが瞼(まぶた)に浮かんでくる。

伏伸の滝壺
以下、現地の案内板より。
河辺町史によると、昔は滝つぼに鱒が多く集まり、農作業に使う「もっこ」を仕掛けて鱒を捕ったことから「もっこ滝」と呼ばれていた。その後、鱒があまりのぼらなくなり、古い名が忘れられ、いつからか伏伸の滝といわれるようになった。
江戸時代の紀行家・菅江真澄(すがえますみ)は、日記「勝手の雄弓(かってのおゆみ)」に伏伸の滝の図絵を残しており、このあたりが昔、湖であったという物語があり、鵜養(うやしない)という地名があることからも、鵜(う)の州(す)、鵜(う)の巣(す)などが訛ったものではないかとしている。

殿淵
名前の由来
殿様が落ちたという伝説のある淵。イワナやヤマメの魚影が濃かった。釣りには遊漁証が必要。





用水路と集落を流れる堰


駐車場と案内板



Googleマップ
マークした場所は駐車場・トイレ。
