名前も分からない池であるばかりか、この池を貫く河川名も分からない。ただ、この池の水が流れ下った先には、文豪・佐藤春夫が名付けた「ゆかし潟」という汽水湖が待ち構えている。
みごとな魅力をたたえる池であることは間違いない。
完全な溜め池としての設備と、変化に富んだ景観、そしてイモリが泳ぐ清冽な水を有しながら、名も分からぬのが悔しい限りだが、心に残る素晴らしい池だった。
それほど大きい池というわけではないのに、池岸に裾を落とす山肌の一部は土砂崩れの跡がなまなましい。いかにも豪雨地帯らしい自然の営みを感じる一方、堰体側にはていねいに積まれた石積みの洪水吐があり、取水設備も風呂の栓のようなチェーンが光っている。
柵や余計な看板がないのもいい。この池までは舗装路だったアプローチ路も、池から先はダートになっている。
水ぎわに目を落とすと、サンショウウオが泳いでいる。あっちも、こっちも。そして紀州らしい深い水の色。素晴らしい。ぜひ池の名を知りたい。
この池には娘とオートバイの二人乗りでやって来たこともあって、池の構造や特徴とともに、その素晴らしさについて熱く10分ほどガイダンスしてみた。
が、ふーん、と、ヘルメットさえ脱ごうとしないまま、まったく興味なさそうであった。
堰体横に捨てられていたコンクリート土管と、中がくり抜かれた丸太。これは底樋の改修のたびにここに捨てられたものでしょうか。
溜め池の最大の弱点である底樋部は定期的に改修が必要ですが、その歴史を感じさせます。江戸時代には松の木をくり抜いた丸太が使われていたという話は聞いたことがありますが、もしかしてこれはそんな底樋の残骸でしょうか。