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水辺遍路

実踏・日本の湖沼 5,750湖

上田の野池群(長野県)

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(人柱伝承の残るその名も恐ろしい舌喰池)

塩田平は、民話とため池の里。

全国ため池100選にも選ばれた「塩田平のため池群」をはじめ、上田は山に囲まれた盆地を潤す美しい野池の宝庫である。江戸時代には200から300もあったというため池だが、現在は140ほどが現役で活躍している。ため池100選の構成要素となっている「塩田平のため池群」は、池にナンバーがふられた看板が立っており、実踏調査では32までを確認している。


「田園空間博物館」の案内板。一番下に「No.21」とある。

小諸の野池群に比べて池ひとつひとつの規模は大きいが、地盤を掘り込んだところを取り囲むように築堤する皿池タイプのものが多い。昔ながらの木製の「土井」(樋)が見られる池があるのも特徴である。

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釣り禁止、水抜きが多く、好釣場は少ない。

近年は温暖化のせいか氷上釣りができるところが少なくなったとはいえ、冬場はワカサギ釣り場としてにぎわう池もある。とはいっても上田の野池群のなかで釣り場といえるような場所は少なく、残念ながら釣り禁止、立入禁止、会員制が多い。
秋から水抜きをする池も多く、そういうところではブラックバスはおろか、へらぶな、鯉さえ見かけない。景観を楽しんだり歴史散策するには最高であるが、釣り竿をもってランガンすると気落ちしてくる。でもよく見ていると、地区ごとに池の扱かい方(護岸、フェンスの種類、看板など)に違いが見られ、釣りに対しても黙認のような感じの場所や、釣り会員制の場所、有料で開放しているところなどもある。

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マダラヤンマが生息する池も。

生物環境として上田の野池群に特徴的なのは、マダラヤンマの生息地として保全活動を進めている池が複数見られることだろう。ただ、こうした池ではいっさいの動植物の捕獲が禁止されている。
塩田平でも代表的なため池である舌喰池のそばに、ため池など田園空間を博物館と見立てて活動するとっこ館が開設されている。

信州上田|塩田の里|とっこ館
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ため池を地域の観光資源にする動きが胎動。

田園空間を文化・観光資源として活用を進めようとしている塩田平だが、レジャーの場として開放する動きは弱い。一部のワカサギ釣り場をのぞいて、釣りには厳しい措置がとられているのが大勢である。
現状では、歴史を感じながら散策やサイクリングでの池めぐりという楽しみ方が主であるが、ため池100選の構成要素となっている池をナンバリングした看板はあるものの、全体像が見えにくい。「田園空間博物館」と素敵なネーミングが銘打たれた共通看板が立つ池もあるが一部に限られる。
方向性さえ定まれば、今後、多くの池で遊歩道や親水護岸、駐車場、案内板等の整備が進みそうである。

 

掲載している上田の野池・塩田のため池群。

  • 須川湖(長野県上田)★★★上田を代表する山上湖。
  • 舌喰池(長野県上田)★★★塩田平の代表的ため池。資料館あり。
  • 箱畳池(長野県上田)★★上田のメジャーバスポンド。駐車場あり。
  • 日向池(長野県上田)★★身投げ女を引き揚げた弁天様の伝承。農業公園。Pあり。バス。
  • 泉池(長野県上田)★★駐車場、案内板あり。ワカサギ。有料。漁期あり。
  • 上池(長野県上田)★ワカサギ。会員制。
  • 下ノ池(長野県上田)
  • 瓢箪池(長野県上田)★運動公園の駐車場があり拠点むき。釣り禁止。看板番号No.2
  • 幕宮池(長野県上田)★上田西部の拠点によい。駐車場あり。釣り禁止。
  • 砂原池(長野県上田)★マダラヤンマ生息地。釣り禁止。
  • 神池(長野県上田)★生島足島神社の池。
  • 龍顔寺の池(仮称)(長野県上田)★お寺の門前池。構造がおもしろい。
  • 山田池(長野県上田)歴史あり。
  • 内村ダム(長野県上田)★上田では少ないリザーバー。
  • 沢山池(長野県上田)★上田では少ないリザーバー。バス、鯉。水抜き。
  • 夫婦池(長野県上田)塩田ため池群の看板番号No.1
  • 迎原下池(長野県上田)看板番号No.3
  • 迎原上池(長野県上田)看板番号No.4
  • 宮原上池(長野県上田)看板番号No.5
  • 清水池(長野県上田)放流禁止。No.11
  • 久保池(長野県上田)立入禁止。No.12
  • 上原池(長野県上田)立入禁止。No.20
  • 小島大池(長野県上田)★猪溺死事件。No.21
  • 塩吹池(長野県上田)★のびやかな景観。No.23
  • 女池(長野県上田)看板番号No.24
  • 男池(長野県上田)看板番号No.25
  • 五加前池(長野県上田)看板番号No.26
  • 共有池(長野県上田)看板番号No.27
  • 上平池(長野県上田)2014年水抜き。No.28
  • 中野前池(長野県上田)釣りは許可必要。No.29
  • 甲田池(長野県上田)★河童伝説。釣りは許可必要。No.30
  • 荒池(長野県上田)フェンス。No.32
  • 大池(長野県上田)バス。駐車スペース難。
  • 北ノ入池(長野県上田)★遊歩道あり。釣り禁止。
  • 長野大学の池(仮称)(長野県上田)★ウィードカバー。
  • ライスセンターの池(仮称)(長野県上田)
  • 浅間池(長野県上田)釣り禁止。
  • リサーチパークの1池(仮称)(長野県上田)
  • リサーチパークの2池(仮称)(長野県上田)まだらヤンマ保護のため生物捕獲禁止。
  • リサーチパークの3池(仮称)(長野県上田)まだらヤンマ保護のため生物捕獲禁止。
  • 長野計機の池(仮称)(長野県上田)釣り意欲そそる。
  • 信州富士電機の池(仮称)(長野県上田)釣り禁止。
  • 日高精機の池(仮称)(長野県上田)調整池っぽい感じ。
  • 水沢池(長野県上田)立入禁止。
  • 来光寺池(長野県上田)ため池100選の構成要素。
  • 新池(長野県上田)釣り禁止。
  • 下之郷池(仮称)(長野県上田)住宅地の中の池。
  • 手洗池(長野県上田)釣り禁止。
  • 横山池(長野県上田)泉池と隣接。水抜き。
  • 沢田池(長野県上田)釣り禁止。
  • なごみ歯科の池(仮称)(長野県上田)住宅地内。
  • 枡池(長野県上田)釣り禁止。
  • 古池(長野県上田)釣り禁止。
  • 宝池(長野県上田)
  • 長池(長野県上田)上田創造館、長池公園が隣接。
  • 平井寺トンネルの池(仮称)(長野県上田)
  • 菅平ダム(長野県上田)上田というより菅平高原。
  • 上田城のお濠(長野県上田)
  • 米倉池(長野県上田)
  • 新池(長野県上田)
  • 西洞池(長野県上田)土井がある。
  • 大沢池(長野県上田)ダムスペック。立入禁止看板あり。

掲載している上田周辺の水辺。

  • 明神池(長野県東御)
  • 乙女湖(長野県小諸)
  • 新池(長野県東御)
  • 大之池(長野県東御)
  • 八重原の野池1(長野県東御)
  • 八重原の野池2(長野県東御)
  • 上田りんごソーコの池(仮称)(長野県東御)
  • 塩之入ダム(長野県青木)釣り禁止。田園空間博物館看板。
  • 滝川ダム(長野県青木)ゲートで立入できず。
  • 中原池(長野県青木)





 

上田の野池にまつわる民話と歴史

ウィキペディアより抜粋。

●舌喰池
舌喰池の名前の由来は次の通りである。この池が造られた当時、水漏れにより十分に水をためることができなかったため池を改修することが決まった。その際に、池の土手に誰かを人柱として捧げなければ水がたまらないとする風説が広まった。くじにより村外れの一人暮らしの美しい娘が人柱に選ばれたが、この娘は人柱に選ばれたことを苦にし、人柱になる前日に舌を噛み切り池に身を投げて自ら命を絶った。それ以降、この池は「舌喰池」と呼ばれるようになった。


●甲田池
昔、甲田池に河童が住んでおり、池の土手につながれていたお百姓さんの馬を河童が池に引きずり込もうとしたところ、馬は驚き逆に河童を馬屋まで引きずってしまった。河童は頭の皿の水がなくなったために動けなくなったが、河童はお百姓さんに「助けてくれれば、家に祝い事がある時にお膳を用意する」と約束し、お百姓さんは河童を助けた。約束通り、河童は家に祝い事がある際には人数分のお膳を用意した。しかしある時、隣のおばあさんがお膳を隠してしまい、お百姓さんは河童にお膳を1つだけ返せなかった。それにより、河童のお膳は絶え、おばあさんの家は不幸な目にあったという。


●小島大池
小島大池には次のような話が伝わっている。元禄2年(1689年)、猪が田を荒らしたため、農民が空砲を1回撃ったところ、驚いた猪はこの池に飛び込み、5頭が死んでしまった。当時は生類憐れみの令が出されており、上田藩は、この池の東に死んだ猪を埋葬し猪の死の理由を記した木札を立てることを村人に命じたという。


●手洗池の名前の由来と歴史
昔、柳沢村に欅があった。幹が6メートルもある大きな欅であったが、ある年、欅の枝が折れ、翌年に天候が荒れて山林のほとんどが倒れてしまった。この年も欅の枝が折れ、翌年も天候が荒れたため欅に原因があるのではないかと村人は思うようになった。信濃国の武将の手塚光盛がこの地を通った際に、村人が光盛にこの話をしたところ、光盛は欅を倒して御神木にするように言った。これに従い、村人はこの池で手を清め欅を御神木にした。このことによりこの池は「手洗池」と呼ばれるようになった。
手洗池の名前の由来には次のような異説もある。弘法大師が前山寺を創立した際に、水たまりで手を洗い、後にこの水たまりの場所に池が造られた際にこのことにちなんで「手洗池」と呼ばれるようになったという。
また、この池は承応3年(1654年)に造られたとも言われている。水田の開発にあたってこの地が池に選ばれたのは良質の粘土が採れ、大洪水の際に土石流を抑止できるためと考えられている。