水辺遍路

訪れた全国1万1,300の池やダムを独自の視点で紹介

ドンデン池(新潟県佐渡)

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ドンデン山の山頂から見たドンデン池。池畔に広がっているのはキャンプ場と牧場。

ドンデン山頂近くの放牧地を支えてきた池にも、悲恋の言い伝えが残る。

佐渡島の玄関口、両津港に新潟からのカーフェリーが着岸する。夏休みということもあって、フェリーのゲートからは二時間の船旅を終えた県内外ナンバーのクルマが次々と吐き出される。
港を出るや、他のクルマの流れと離れ、たった一台で県道81号を進む。ドンデン山を抜け、大佐渡の北海岸へと横断する急傾斜の隘路だが、ドンデン山の先で通行止めになっていることもあって、観光客はこの道を避けたようだ。
見晴らしのいい高台で休憩。すれ違ったクルマは一台だけ。標高はすでに箱根峠より高い。先ほど降り立った両津港を、乗ってきたカーフェリーが再び本土をめざして白波を上げていた。
なるほど両津港という名は言い得て妙だ。佐渡島のみならず新潟県で最大の湖沼である加茂湖と日本海にはさまれた細長い港町。右を見ても左を見ても船着き場。つまり両津。

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島最大の加茂湖と、両津の港町の眺望。

七曲のヘアピンカーブを慎重に上り、やがてドンデン山荘の駐車場への分岐が現れた。駐車場には数台のオートバイがいた。
この駐車場のかたわらにドンデン山頂への登山路がある。ドンデン山といってもひとつの山ではなく、三つの峰が手をつないで囲んだような山上高原一帯を指す。個々の峰にはそれぞれ名がある。
15分ほどの軽ハイキングで尻立山の山頂に出た。

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登山路入口と案内板。


頂上からまっすぐ下った稜線の先に芝生の高原、そのかたわらにドンデン池が見えた。池畔はキャンプ場にもなっている。歩いて行かないといけないので少々、玄人向けのキャンプ場だ。牧場にもなっていて、牛が水を飲みに来る光景に出くわすこともあるようだ。
千年も前から放牧牛の飲み水として使われてきたというから天然湖、あるいは天然の湧き水に少々細工をしてできた池だろうか。
火山灰質の土壌といい、山頂近くの地形や立地といい、池が成立する条件としては厳しい。千年にわたって放牧牛が一帯を踏み固めることによって治山、保水に一役買っているというから、まさに奇跡の池といえる。
とはいっても魚類には入り込むスキがない立地。生息するのは、モリアオガエル、サンショウウオぐらいのようだ。

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尻立山頂から眼下に見えるドンデン池であるが、近そうに見えて500mほど下る必要がある。当然、帰りは登り。残念ながら先を急ぐ必要があったので、ここで引き返した。
池の奥には杉木立が見えるが、かつてその中に隠されるように神社があり、戦時中の若い女性の悲しい話がある。
出征した婚約者の無事を祈ってドンデン池で水垢離をしていたところ、湧水しているところの深みにはまって亡くなる。死してなお、水面に突き出た両手は祈りのかたちのまま、ぴったり合わさっていたという。

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ドンデン山荘と駐車場。

娘の祈りも届かず、出征した男も戦死したというから、伝説や昔話と違って救いも教訓もなく、リアリティだけがきわだつ。戦争とはそういうことなのか。
ドンデン池、ドンデン山の風変わりな名前の由来も知りたいところ。奈良県生駒市に同名の池がある。
以下は今はなき大佐渡ロッジに掲げられていたという案内板の文章の抜粋。

ところで、この池の奥の杉の木をごらん下さい。この林のほぼ中央に大東亜神社というのが建っていました。その名からも分かるように、大東亜戦争の間だけ参る人がいたという神社、戦没者慰霊というのはむしろ名目で、実は戦争からの無事帰還を願う為の神社であったようだ。御国の為に命を惜しむなと言う風潮で、息子や主人や恋人の無事を一目を気にせず祈る事ができたのだという。そして悲劇は起きた。 白装束に身をまとい池で水ごりをしながら、結婚を約束した恋人の無事帰還を祈った娘が、夏でも涸れないこの池のただ一箇所ある地下水の湧き出る深みにはまりおぼれた。おぼれた後も両の手だけは祈るよう合わさって池面に出ていたというが、この事を語る者は少ない。娘の命掛けの願いも空しくその恋人も戦死し、報われぬ人の魂がこの池には宿るという伝説だけが残った。供養と平和の願いをこめて看板の脇に道祖神が作られてある。


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ドンデン山荘からの眺望。


マークした場所が、ドンデン池への登山路入口。駐車場隣接。