水辺遍路

訪れた全国1万1,100の池やダムを独自の視点で紹介

乙和池(新潟県佐渡)

おとわいけ。
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日本最大級の高層湿原浮島が漂う、大佐渡水辺めぐりのハイライト。

まずもって佐渡の湖沼めぐりにおいて、はずすことのできない池である。名のゆかしさもさることながら、立地がこの上ない。
佐渡の平野部からはどこにいても大佐渡山系の妙見山頂に立つ真っ白な直方体が見える。佐渡最高峰はやや奥に控える金北山に譲るものの、日本国土の防衛を担って北方の海原に睨みをきかす防衛省のレーダー施設を擁しているのが妙見山である。標高は1,000mを越える。
この頂をかすめて通る、佐渡一の眺望スカイラインである大佐渡スカイラインは佐渡金山も路程に配し、この島の物見遊山でははずせないドライブコースとなっている。
妙見山頂に近い大佐渡スカイラインの最高点には、白雲台交流センターがあり駐車場、売店、トイレが整備されている。妙見山まで500mなので、登山拠点というよりハイキング感覚で登頂できる。先に足をのばせば佐渡最高峰の金北山頂もめざせる。
大佐渡スカイライン最高地点を越えて佐渡金山の方へとクルマを走らせると、展望駐車場を経て標高500mほどに下って行ったところで左側に未舗装の枝道が現れる。「乙和池」を示す案内板はあるが、気をつけていないと見落としそうだ。
ここから林道を600mを進む。すれ違い困難な道なので対向車が来ないことを祈りつつ。
やがて少し広くなった駐車スペースが現れ道は終わる。

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駐車スペースとアプローチ路の林道。


ここからは徒歩となるが、あっけないぐらいすぐに乙和池が姿を現してくれた。
ブナとミズナラに囲まれた大平高原近くの山あいにある天然湖沼で、新潟県の天然記念物にも指定されている。
遊歩道入口には乙和池が天然記念物であることを記した案内板が立っている。管理者は佐渡市となっている。

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乙和池の案内板。


遊歩道は二手に分かれているが、右まわりか左まわりかの違いだけでどちらを行ってもいいが、左まわりの方がすぐに池ぜんたいを見わたせる。どうやらそこが流れ出し部のようだ。足もとが湿ってじゅくじゅくしている。
そのまま左まわりに歩いていくと、倒木にゆくてを遮られた。無理して進もうとしたが、まもなく道が途絶えた。
吐き出しのちょうど反対側のこの場所では、池面にたえまなく波紋が湧きだしている。よく見るとオタマジャクシのようだった。大量のアメンボが水面を這っているが、水面に呼吸をしに駆けあがってくるオタマジャクシのほかは、魚影は確認できなかった。

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この池の目玉である浮島は確かに特異な存在ではあるが、魅力を伝えるほどの写真がなかなか撮れない。なんでも日本最大級の高層湿原性浮島という触れこみだが、浮島としては大きすぎて浮遊感がなく、「日本最大級の浮島」というキャッチフレーズというのも、「世界最大の小動物」にも似て、直感的にスゲー、というわけにもいかないところがつらい。
「ハートの形」というSNS映え要素にしても、見た感じでは浮島自体がハートの形なのか、浮島の真ん中にあいた「井戸」と呼ばれる穴がハート形なのか判然としない。立ち位置からはハート感を感じにくいのである。空撮でハート感を体得したいとも思ったが、池を囲む木々が深くてそうもいかない。
浮島には、アメリカマンネンゴケ、カタマリスギゴケなど20余種の植物が生育するというが、アメリカマンネンゴケは外来種ではないのか、などと、つい余計な詮索をしてしまう。これが、オオサドマンネンゴケという名だったら、アリガタヤーと拝跪するのかもしれないが。

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ともあれ目先の観光キャッチフレーズではなく、この池はその存在自体が素晴らしい。そして言うことなしの滋味豊かな伝説もある。そう、池名の「おとわ」という美しい言葉は、この池の主となり、浮島に姿を変じた若き女性の名である。
山菜採り来た帰り、転んで汚れたパンツをこの池で洗っていたところ、池の主の大蛇に見とがめられたのか、見そめられたのか分からないが、とにかく池主の後継者に指名されたのだという。池の主から嫁に来いと強要される説話は聞いたことがあるが、池の主を引き継げ、というゴリ押し伝説は、この池以外に知らぬ。
ともかく乙和さんは下着まるだしのバツのわるさもあってか、要求を承諾してしまう。引き継ぎまで三日の猶予をもらい、その三日で人界での整理をつけた上で、ちゃんと池の主を引き継いだ。じつに気概がある女性である。
さてこの乙和さん、ふもとの長福寺に勤務していたというが、それ以前の出自は分からない。長福寺は、佐渡の現在の中心街である佐和田の八幡堤の近くに現存する寺である。
現在、佐和田から乙和池に直通する道はない。
かろうじて乙和池まで300mというところまで行く林道はあるが、高低差500mを登る山道である。しかも長福寺から乙和池までは直線距離でも6.5km。
お寺勤務のうら若い女性が、ひとりで山菜を採りにぶらりと行く距離とはいえない。山菜ならば数百メートル山に入ればことたりたはずだ。となると出自不明のおとわ女史は、山菜採りと見せかけ、違う目的で山に入ったと考えられる。しかもそうとうなハイペースで、かつ、方角を見失なうことなく。
乙和さんの生まれかわりとされる浮島に生えるのは、アメリカマンネンゴケ。
乙和さんはじつはアメリカ人だったのではないか。ふところに母国の牧師から託されたアメリカマンネンゴケをしかと抱きしめ、山深くに決然と歩みを進めたのではなかろうか。理由は知らない。信念は人それぞれ。
アメリカから来たエリオット・ワトスン。寺に職を求めてきためずらしい金髪の娘の名を、寺の住職は「おとわ」と聞き違えた。
もうひとつ気になったのは、乙和池のほとりに無意味に突き出た蛇口。あの蛇口もエリオット・ワトスン女史の伝道なのだろうか。

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大佐渡スカイラインの展望駐車場。
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マークした場所は駐車スペース。