水辺遍路

訪れた全国1万1,100の池やダムを独自の視点で紹介

両頭庵沼(埼玉県滑川)


底を見せたことがないという言い伝え。

見た瞬間、これは・・と思った。ゴルフ場に食い込んでいる池ではあるが、名前がふつうじゃない。すぐ南には「悪太郎沼」という池もあるし、有刺鉄線つきのフェンスで覆われているものの、水面をかろうじて見ることのできる堰体横の斜面には三つの石碑が立ち生花が供えられている。
碑に刻まれた文字を読むと、真ん中の碑に「心中」の文字。右の碑には、「・・居士」と「・・大姉」。これは男女の戒名だろう。
両頭庵沼は底を見せたことがないという言い伝えもあり、コンクリートダム状の堰体は高さもあり、確かにかなり深く水量豊富な池であることが伺い知れる。とはいっても現在のコンクリート堰体を工事する際に池の水を抜いたはずで、工事をする人たちはビビらなかったのだろうか。
さて心中事件のことをあとで調べてみると、ちょっと話は違っていた。

双頭の大蛇と竜巻。

その昔、沼の近くに一人のお坊さんが庵を構えていた。お坊さんのもとに、村娘が使いとして餅を届けていたが、いつしか二人は恋仲になってしまう。
これを聞き知った流れ者の二人が、酒にでも酔っていたのだろうか、坊主のくせにけしからんと二人を荒縄で縛りあげたあげく、沼に投げ込んでしまう。
それからというもの、沼に双頭の大蛇が現れ村人をおびえさせた。この大蛇が呼び寄せたのか、一陣の竜巻が村を襲って大暴れしたのち、用戸庵(お坊さんの住んでいた家のことか?)に入っておさまった。
やはりこれは二人の祟りとおそれた村人は、以来、毎年「木綿坊主」をこしらえて供養したという。
しかし木綿坊主とは何かと思って調べてみると、埼玉の豊根村の民話に残る妖怪の名前だった。インターネットの妖怪データベースによれば、「あんびん餅」を持っているのが特徴。豊作を祈願する行事と関係しているようだ。
で、あんびん餅とは何かと思ったら、埼玉の熊谷の郷土菓子にその名があり、薄塩味のつぶし餡を包んだ大福の一種。
両頭庵沼がある場所から、豊根村は東に30km、熊谷は北に10kmほど。民話が流通する範囲としてはやや広い気もするが、両頭庵沼に村人が毎年供えたという「木綿坊主」は、このあんびん餅を指すのではないかと思った。また、事の発端となった村の娘がお坊さんにとどけた餅というのも、このあんびん餅だったのかもしれない。
餅にはじまり餅に終わるミステリーは尽きないが、池の名前について「用戸庵」がなまって「両頭庵」と呼ばれるようになったという説が有力のようだが、ふつうに考えるとむしろ双頭の大蛇との関連を思わずにはいられない。